The Nutcracker

  • 2007年12月29日

姪が出演するというのでバレエの公演に出かけた。噂には聞いていたが大ホールで一流の管弦楽団の演奏でのステージだった。しかも姪は主役のクララに今年も抜擢されていた。私は大人だろうが子供だろうが見る目が厳しい。どんな子供でも可愛くなければ可愛くないのである。しかし、姪っ子の可愛さは尋常ではない。叔父バカといわれればそれまでだがムーディーズもミシュランも真っ青の厳しい評価だと自負している。幼いころから表情豊かな子だった。舞台にはうってつけである。舞台で彼女が寂しそうな表情をすると観客の誰もが寂寥たる荒野に一人取り残されたような寂しさを覚えたであろう。彼女の表情が一転明るく変わると、観客は朦朦たる砂塵の先に一筋の橙色の光を見つけたが如く明るい表情に変わるのである。姪がステージで跳ねると、俺の体は既に空を飛んでいた。四十路の小腹の出たオヤジが空を飛んでいる姿はいただけない。はっきり言って不気味である。いや、俺はカーボンオフセットをしているから汚くはないのだ、と自分でも全く意味不明な程、魅入ってしまったのである。THE NUTCRACKER(くるみ割り人形)は拍手喝采に包まれて終演した。多分知らないであろうから、周りに座っている見ず知らずの人達にも、「俺の姪だから」と教えてあげた。俺は大変親切なのである。
『。。。やがて回廊をめぐりながら、それが芝居の舞台装置の「書割」のことだと気がついたとき、俺は感動で顔を被った。自分が今まで、それこそが世界だと信じてきた物の全ては、虚しい書割なのである。ビルも街路も公園も、それにまつわるあらゆる権威も機能も、いやそこに生活する人間の信義や愛情、すべてが虚構であった。法律や道徳さえも、それらを裏から支えるだけの支柱に過ぎなかった』(浅田次郎)
人生という舞台には強制的に誰もが立たなくてはならない。しかし、公演の舞台に立てる人間は一握りである。今後も晴れの舞台に立ち続けておくれよ。ってやっぱり叔父バカな私でした。