社会起業家養成講座

  • 2009年04月16日

社会起業家などとよばれる事が多くなりました。
この度社会起業家養成講座なるものをお引き受けすることに致しました。
しかし社会起業家というのはそんなに簡単なものではありません。
毎年十万もの会社が起業されます。
しかし三年でおよそ半分が消滅し五年
生き残る企業はわずか15パーセントと言われています。
社会起業家とは社会貢献しながら収益を追求するという新しいビジネスモデルです。
しかしビジネスとして成立させるためには時代を読む洞察力だけでなく様々な工夫が必要です。
収益力や大きさという価値観から脱却し、筋の通った活動とは何かを見極める必要があります。
現在幾つかのテーマが決まりました。
* 常識を疑え
* 我々はバーチャルな世界に生きているのではない。現実を刮目せよ!
* 琴線にふれなくて商売ができるか!
* 何故やらぬ?できない理由など探すな!熱く生きろ!
17年もの間投資銀行で様々な業種、様々な企業の経営をみさせていただきましたが、社会起業家というのは実はとても難しいビジネスモデルなのです。
財務面の工夫、マーケティングの工夫は勿論様々な努力が必要です。
そして何より筋の通った活動を伴わなければ本質を失います。
浅薄な風潮に踊らされずに地に足がついた活動をコツコツと積み上げる事の大切さをお伝えできればと思っています。

海面の花びら

  • 2009年04月11日

いつもより早く目覚めると、首にタオルを引っ掛けハブラシを持って海岸に向かいます。
海に足を浸かし顔を洗います。
一週間ごとに海水温が急に上昇してきているのが分かります。出勤前の僅かな時間です。
それでも海にふれるだけで爽快な一日が始まります。
日中はトイレに行くのも代わりに誰か行ってきて欲しいと思うぐらいの慌ただしさです。
スタッフに何かを頼もうとしても既に目が正座している皆の様子をみるととても頼めません。
昼食は弁当を買いにいく人もいないので出前になってしまう事も多いです。
最近社会起業家ということで講演をお引き受けする事が増えてきました。
学生では一種の社会起業家ブームといえるものが始まってきているようです。
社会貢献しながら収益をあげる。
会社を大きくして上場する事を目指したりする企業とも対極に位置し、NGOの奉仕という考え方とも対極に位置する存在なのでしょう。
会社の存在自体が社会貢献に繋がっているのです。
私は10年程前に東海岸で広まりつつあった社会起業家の動きを見てきて大変気になっていたのですが、日本においては果たしてビジネスモデルとして成り立つ物はどれほどあるのだろうかと遠くから眺めていました。
実際に日本において社会起業家と言える活動をして収益をあげている企業は何社ぐらいあるのでしょうか?おそらく大変少ないのだと思います。
だからこそ当社の存在は次に続く方々にとっても見本になるようにしっかりとした活動をしていきたいと考えています。
今までは会社の大きさや収益を最大化する事を第一目標にしていた企業が殆どでした。
しかしそれよりも筋の通った活動をする事を目標にしている会社に共感してくれる方々が増えてきたのはうれしい限りです。
今日は久しぶりにスタンドアップパドルで沖に出ました。山から降ってくる桜の花びらが海面に浮いていました。良い季節になりました。



或る一日

  • 2009年04月05日

インドネシアから帰ってくるのと入れ替わりに植林事業チーム2名が内モンゴルに旅立ちました。
さらに数日後に測定チーム2名が内モンゴルに向かいました。
彼らから毎日報告が届きます。
白酒の歓迎だけは回避できないようです。
まだ凍てつく大地です。
スコップで掘っても固くて掘れないそうです。
志が高くそして優れた技術と経験を持っている頼もしい4人が広大な植林地で活動しています。
海外の森にいくと大規模な森林伐採の場面に遭遇します。
その多くが日本へ輸出している地域があります。
先日お会いした速水林業9代目速水亨さんがカンブリア宮殿でもおっしゃられていたように、我々は輸入材を使う事の意味をもう少し考えなくてはならないと思います。
海外では法整備が遅れていて樹齢数百年の木が育っている原生林を伐採している地域もあります。多くの生物が棲息する森です。
輸送には大量の二酸化炭素を排出することになります。
炭素本位制という視点から考えると改めなくてはいけない点は多いのでしょう。
儲かれば良い、大きい方が良いという価値観が段々と変わってきているようです。
今まで当たり前だと思っていたカッコいい事が陳腐に変わり、格好わるいと思われていた地道な活動に光が当たる。そんな世界が広がっていくのでしょうか?
考えてみれば真っ当な活動が正当に評価されるだけなのではないでしょうか?
経済の発展と環境を守るという事を相反する行為と捉える事はとても浅薄な考え方です。
ドイツではあの巨大な自動車産業を環境産業が抜くといわれています。

当社のアドバイザー2名はアメリカの西海岸に滞在しています。
何か新しい報告がいただけるのか期待しています。
日本にいる私は中田宏市長に表彰状を渡されて記念写真を撮りました。
そんな中、カーボンフリーのレディースチームは横浜ベイブリッジを眺めながら新規プロジェクトを成功裡に終えるため奔走しています。
何が出てくるかは後のお楽しみです。
そんな中、西の街からの吉報に喜び夜遅くまで働くスタッフ。。。。。
カーボンフリーコンサルティングのスタッフはスペシャリストしかいません。
自分の持てる知識、経験そして溢れるばかりの情熱のたけをぶつけて働いています。

横浜の夜空を眺めながらカーボンオフセットの普及について考える?

  • 2009年03月29日

帰国してから慌ただしく日々が過ぎていきます。
国連世界食糧計画 WFP FOOD FOR CARBON FREE PLANを公開させていただいてから様々なお問い合わせをいただいております。

国連の他の機関、国際的NGOや、政府機関からご連絡を頂戴しております。
反響の大きさに驚くとともに殆どの方々から賛辞の声をいただき大変恐縮しております。
次世代型のカーボンオフセットという方もいらっしゃいます。林業関係者、国内外の関係省庁からもお話しを頂戴しております。

信頼性の構築がカーボンオフセットには欠かせません。
勿論それはそれで大変大切な事です。
しかしカーボンオフセットは金で環境を買う行為です。
それを正面から見つめ、「何故お金が必要なのか」という説明が欠けています。
「信頼が高いプロジュエクトだから安心してお支払いください」という前に、「お金がないと進まない理由。お金を使う事によりできる事」のもっと明確な説明が必要だと思います。
それを無くしてカーボンオフセットの普及はままなりません。

一過性のムーブメントを作り出すのは浅薄です。
生命に関わる事である以上真摯にそして迅速に行なっていかなくてはならないと思います。

インターンの歓送迎会を横浜で開きました。既に何人か卒業していきました。今回で第2期目の送迎になるのでしょうか。一人一人大きく成長した事が分かります。
数多くのインターン希望者から選出する時には予め課題を与えます。
大変難問です。
やる気が無ければ提出することすらできないでしょう。(ちなみにスタッフも募集中です)
1. 京都議定書の目標値をすべての国々が達成できた場合には地球の温度はどのように変化するという意見があるのか?
2. ポスト議定書に向けての改善点はどこか?
3. REDDが未だ認められない原因はなにか?国内吸収源の民間利用の可能性についてどのように考えるか?
4. 東京都のCO2排出量はフィンランド一国に相当します。東京都が2010年から実施するCO2排出規制と経済活動についてのバランスはどのようにとるべきだと考えるか?
5. 温暖化を防止するためには規制が一番有効な手段なのか否か?


彼らインターンはカーボンフリーコンサルティングに一歩踏み込んだその瞬間から猛烈に働かなくてはなりません。徹夜もすることになるでしょう。
別になんら指示を出したことはありません。直ぐに小さな自信等木っ端微塵に破壊され、自分の能力をとことん追求されます。そういう会社なのです。
彼らは皆についていくために全力で働いているのかもしれません。
いやそれだけではなく仕事が面白くて熱中しているのだと思います。
頼りなかった彼らも数ヶ月すると成長していきます。そして戦力になります。頼もしい仲間となります。

新しく入ってくる人、巣立っていく人。
歓送迎会の季節ですね。
二軒目には屋台のおでんです。川沿いの店と行ったらお分かりになる方も多いでしょう。彼らの5年後、10年後はどんなに大きくなっているのでしょうか?
第一陣は既に内蒙古に現地入りしているので参加できませんでした。
今週さらに2名現地入りします。スタッフには必ず現場を踏んでもらっています。
スタッフだけでなく殆どのインターンに工場や海外の現場を踏んでもらいます。
現場に足を踏み入れないと何も分からないのです。
温暖化の傷跡に苦しむ人々の声を聞き、どのような対応が望まれているのかを知らなくてはなりません。現場の声を聞かずに行なったプロジェクトの廃墟を幾つも見て回ることになります。
過酷な現実を知らなくてはならないのです。
無駄なお金を費やす前にどのように効率的に資金をつかうかを綿密に話し合わなくてはなりません。
大量の温室効果ガスが発生している場所にいき対処方法を検討しなくてはなりません。
環境問題に向き合うというのはそういう事なのです。

social house

  • 2009年03月28日

3月21日
HARVEY NICHOLSのsocial houseで書いています。
といってもLONDONではありません。ジャカルタです。

ご存知でない方は多いと思いますがジャカルタは大都会です。
日本にHARVEY NICHOLSはありましたっけ?
MARKS & SPENCERは?
いずれもジャカルタにはあります。ショッピングセンターにはありとあらゆるブランド品が並んでいます。品揃えでは銀座に引けを取らないのではないでしょうか?
Social houseが好きなのはとても洒落ているところ。NIGIRI / SASHIMIといったSUSHI BARが入っています。朝も8時には空いています。
Boost Your Day & Make Breakfast a Habit!
日本にもこんなカフェが欲しいところです。
ジャカルタの人口は1100万人。巨大な街です。
しかし一歩はなれると様相は一変します。
貧富の格差が驚く程開いています。

祖父の墓参りをしてきました。10名程の清掃係に頼むとあっという間に綺麗になります。墓石も磨いてもらうように指示をさせてもらいました。



日本から海を越えこの地で埋もれた祖父の最後はどんな心境だったのでしょうね。祖国の地を踏めず無念だったのでしょうか?いや多分インドネシアの空のように蒼く澄んでいたのでしょう。孫なので何故か本能的に感じます。
きっと一点の悔いも無く曇りも無く駆け抜けていったのでしょう。
祖父の葬式には当時の大統領も参列されました。
私が今この地で骨を埋めてもとてもそうはいかないでしょう。悔いは残らないでしょうが。一生懸命働いているという事では同じなのでしょう。
祖父に関して記載された本がNHK出版から出るそうです。
6月にはNHKで放映が決まりました。映画化の話も出てきています。
長い間歴史の陰に隠れてしまっていたのに何故か最近脚光を集めてきています。
不思議なものです。
便利な世の中です。日本にいる母は携帯電話で墓参りです。
頻繁に訪れるには余りにも遠い国です。
私もゆっくりと祖父に話しかけます。最近のこと。そして今回の国連WFP世界食糧計画とのカーボンオフセット共同事業の事。
祖父の愛した国に少しだけ恩返しができました。
以下の写真はティモールで撮影した物です。
色のコントラストが美しいですね。





WFP FOOD FOR CARBON FREE PLAN

  • 2009年03月22日


国連のクパン代表からの挨拶そしてカーボンフリーコンサルティングを代表して私が挨拶させていただきました。

関係した多くの人々への御礼の言葉を述べさせていただいた後に短いですがお話しをさせていただきました。
This project will support 340 families, almost 1700 villagers for many years.
If you work hard, you get more cashew nuts and Jatropha seeds.
You are able to sell those. Some of your son/daughter will have opportunity of high level education. Please tell them to support for the next generation to create sustainable life here. All of your effort will make your life better.
I am very glad to give you this opportunity.
そして私の祖父について簡単に触れました。
He is called as the father of the movie in Indonesia.
He loved movie and he loved Indonesia.
As the grandson, it is very delight to support Indonesian people.
Once again, thank you very much for all.
あまりemotionalな言葉遣いは好きではありません。そして英語からインドネシア語への翻訳が入るため簡単な英語しか使えません。それでも真意が伝わったのでしょう。大きな拍手をいただきました。
映画監督だった祖父は戦後インドネシアに渡りこの地で映画の父とよばれ亡くなりました。この大地も空もきっと英太郎が見た自然なのだなと思うと感慨深いものがありました。1700人。この数字の重さは大きいです。しかし環境難民の数は来年には5000万人に増加すると言われています。2006年の2倍です。
数ヶ月前までは長い間荒廃した土地でした。
京都議定書に則るとこのような長期間放置され土壌劣化が見られる土地しか選択できませんでした。逆に言うとその地で生活する人々は常に貧しく食べ物に事欠きます。
貧困の連鎖。
この連鎖を断ち切るためにはsupportが必要なのです。
村人には同時にmicro financeが実施されています。
既にジャトロファについては前にも触れさせていただきました。
ヤトロファともよばれています。
当社はアフリカではルワンダでの試験林に協力させていただいております。
またフィリピンにおけるジャトロファ植林のお手伝いもさせていただいております。
ジャトロファ燃料を用いたCDM化のコンサルティングや講演も数回実施させていただきました。

今回村人340家族全てに配給するのはジャトロファのクッキングストーブです。一本のジャトロファの木から収穫できるのは最低でも250gほどの種です。
この量で1時間程クッキングストーブを利用することができます。
凄い火力です。あっという間にお湯が沸きます。

これで薪を確保するために森林を伐採したり、母親が食事の為に重い薪を運び長時間に渡る家事から解放されることになります。そして化石燃料を使用しないのです。
実は毎年なります。ジャトロファ/ヤトロファの素晴らしいところは大変な荒れ地でも平気で育ってしまう程の生命力です。
食糧になる穀物との弊害がありません。そして現地では昔から自生していたため生態系の破壊にも繋がりません。

日本にもジャトロファストーブをサンプルとして持って帰ることにしました。
世界には調理器具が無い家庭がどれほど多いのでしょうか?
灯りがともる事の無い家庭がどれほどあるのでしょうか?
次にはジャトロファランプも提供したいものです。

WFP FOOD FOR CARBON FREE PLANは関係者の思いから実現しましたが小さな一歩にすぎません。
環境問題解決のためのきっかけになれば望外の想いです。
次はどの地で実施しましょうか?
私にはできない理由を探す事の方が困難です。

MOU その1

  • 2009年03月21日

3月19日
(その1)
昨晩はベッドに倒れ込んで寝てしまいました。
虫が浮いている桶や、蠅がたかっている朝食等に怯んでいたらこんな仕事はできません。19歳の時からバックパックで色々な国々を見てきた経験がフィールドでは役に立ちます。私は雨露がしのげる場所があればそれでいいのです。

サラリーマン時代にはビジネスクラスの飛行機に乗りストレッチリムジンのお出迎えなんて生活を過ごさせてもらいました。でも何とも居心地が悪く感じていたものでした。所詮人間は座って半畳寝て一畳のスペースさえあれば何とかなるのでしょう。
扉の外から早朝から起きている関係者の声が聞こえます。
WFPのスタッフとNPOのスタッフが夜なべ仕事をしてソファーで寝ていたそうです。

舞台裏を話すのは野暮ですが、カーボンフリーコンサルティングの仕事はフィールドにでる事が多いので実に細々した事もしなくてはなりません。カーボンオフセットの仕事は現地の方々の声を聞かなくては進まないと考えています。排出権のブローカーとしての活動にとどまらず排出権の目利きとしてきちんと精査し、そして自らも排出権を作り出したり、二酸化炭素削減のために貢献できるプロジェクトを実施することが当社の役目だと考えています。
結局人と人、心と心がビジネスの根幹にあるからです。
彼らには申し訳ないですが実に深い眠りでした。


朝から県知事との打ち合わせです。現地政府、NGO、国連そしてカーボンフリーを入れてのミーティングですので大人数です。
昨晩深夜まで働いてくれた関係者の御陰で固い握手を笑顔ですることができました。
早速40km程離れた現場に向かいます。WFPの車5台、現地政府、報道陣の車を入れると12台程の行列です。勿論皆4WDの車です。現地は悪路なので4WDでなければたどり着けないのです。

幾つかの丘を越えて目的地に近くなると大勢の群衆が集まっているのが遠くから見る事ができます。500名程はいるのでしょうか?
車から降りると県知事直々に民族衣装を着せてくださいました。
いかがでしょう?村々で模様が違うそうです。私にはとても美しい模様に思えました。


村人達の歓迎は凄い。
手作りの門柱をくぐると村の踊りでお出迎えです。お婆さんとお爺さんが綺麗な衣装をきて踊ってくれました。4ヶ月程前に見た光景とはまるで違いました。90日で収穫できるトウモロコシが無事に育ったそうです。あれだけの荒廃地がここまで美しく変わりました。村人達の貧困脱出したい熱い思いが実現させた事です。カーボンフリーグループは少しばかしの援助をさせていただいただけです。


手作りの集会場には高々と横断幕が飾られています。
スタッフの方達よ見よ!あれが当社の旗だ!なんて気持ちにもなりますね。
国連、現地政府、NPOのマークとともに当社のロゴも掲載されています。



プロジェクトの詳細は国連 世界食糧計画(WFP)のHPをご覧ください。

Timorへ

  • 2009年03月21日

2009年3月18日
午前6時にジャカルタのル・メリディアンホテルを出発。
国内線でティモールへ向かいます。
直行便が無いので途中でトランジットが入るのですが、毎回2時間程度は遅れて待たされます。
今回は割りとスムーズにティモール島のクパンに到着しました。国土が広いのでジャカルタとは一時間の時差があります。
UNのランドクルーザーがお迎えしてくれました。

私はこの車が好きなのです。乗り心地は4WDなので上等とは言えませんが、骨太な感じがとても安心感を与えてくれます。ここから4時間の旅です。
途中東ティモールから移ってきた人々の集落を通ります。
東ティモールの独立戦争は激しく移民を余儀なくされた人々が多数います。
丁度クライシスが始まった時に東ティモールに赴任されていた方と話しましたが、まさに目の前で銃弾が飛び交っていたそうです。
アジア本部に電話で知らせると、電話口の相手にも銃の音がはっきりと聞こえてきたそうです。
WFPはUNDPやUNHCR等の組織と同じく、国連の中でも最前線の部隊です。
WFP FOOD FOR CARBON FREE PLANの実施にあたり様々な方とお話しする機会がありました。インドネシアの前はどこにいたの?と訪ねると、アルジェリアだったりイラクだったり情勢が厳しい国々を渡り歩いている人ばかりでした。kidnappingの経験者や撃たれた事のある人が大勢います。どこか腹が据わっています。
少々の事ならば動じないで解決の糸口を見いだそうとする姿勢は彼らのそんなキャリアから来ているのでしょう。
議論する時には、彼らの経験上「これだけの問題がある」という所からスタートする事が多いのです。
しかしできない理由を見つけるのが悪いサラリーマンの典型だとするならば、彼らの場合にはそれらをひとつひとつどうやれば乗り越えられるかの答えを何とか導きだそうとします。
この姿勢は大変見習わなくてはならないと思います。
カーボンフリーコンサルティングのスタッフにもちょっとした事で諦めてしまわないように、何とか解決の方法を編み出すようにいつも行っている自分ですが、彼らには教わるべきところが沢山あります。
国連を非難する人々がいます。確かに国連の職員の中にも大きくなりすぎた組織に対して様々な疑問をもっている方々がいるようです。
それでも世界には必要な組織です。
UNの旗のもとに世界平和のために身を粉にして働いている方々には脱帽です。そして彼らの能力の高さは素晴らしいものがあります。
民間企業に比べたら甘い甘いなんて言う方もいます。
日本の官庁を批判するのは簡単です。しかし私から見れば彼らの優秀な人材が民間に流れた時の方が余程恐ろしく感じることがあります。恐ろしいというのはそのスペックの高さをもって民間企業で働けばどれだけの事ができるのだろうかと想像してしまうからです。
生き馬の目を抜くといわれている投資銀行で17年間働いた私からみても国際機関や中央官庁の優秀な人材の猛烈な働きぶりには驚くべき物があります。
カーボンフリーグループにも戦力として加わっていただきたいものです。
ちなみに募集中です。
村に到着したのは午後6時を回っていました。
早速明日のMOU調印式のための打ち合わせです。
現場の方々と白熱した議論が続きます。終了したのは9時頃でした。村に一件しかない食堂に集合し前祝いの乾杯もそこそこに議論の続きです。皆さんこのプロジェクトが大好きなのですね。

既に多くの反響が来ています。
自分の国でもできないか?
もっと詳しく教えてくれないか?
といった問い合わせが幾つかの途上国からいただいております。
今回のプロジェクトに関わった方々が宣教師となり、次の適地のfeasibility studyに早くも来週から旅立ちます。
日本でも適時セミナーを開催してご説明していくつもりです。
村では国連の中まではホテルシェラトンというニックネームでよばれているホテルに泊まります。
トイレもバスも一緒です。
しかし驚いた事にエアコンが設置されていました。

明日も早朝から働かなくてはならないためぐっすりと眠られそうです。
エアコンが壊れていなければ。。。。
明日の調印式に望む服装はどうしますかね。
スーツでは無理でしょう。Berlutiの靴を履いて記念植樹はできません。
靴はMontrailにしましょう。何か?
下はジーンズにして上は青いシャツにタイをしてジャケットで望みましょう。
強く太くサインをしたいですね。

国連 WFP 1700人 カーボンオフセット

  • 2009年03月17日

インドネシアについてご存知ですか。
面積は日本の約5倍です。
人口は約2億4千万人です。
地図の表記のせいなのかこれほど大きい国だとはあまり知られていません。
そして我が祖父はインドネシア映画の父といわれてこの地で亡くなりました。
WFPとの事業の御陰で頻繁に訪れるのでこれからは墓参りが楽になります。

今日は日本大使館で打ち合わせをしました。この国を愛し良くしていこうという優秀な方々がいらっしゃるので心強く感じました。
今回の旅の友は勿論ACEのかばんです。何か?
パラシュート素材で丈夫で、3wayですが、フォーマルな場所ではショルダーを格納できます。

そのあとはWFPで打ち合わせです。
今回のWFP FOOD FOR CARBON-FREE PLANに尽力してくれた方々に挨拶をして回りました。インドネシア本部だけでもスタッフの半分とはいかないまでも3分の1以上が何らかの形で関わってくださっています。皆さんと固い握手をして回りました。アジア本部やローマ本部をいれたらどれだけ多くの方々が関わっているのでしょう。皆今回のプロジェクトの成功を信じて一生懸命働いてくださった方々です。その熱意と優秀さには脱帽です。世の中には凄い人たちがいるのです。人々を動かす物は金とか名誉だけではないのでしょう。
心ですね。
明日は早朝からティモールに向けて出発します。飛行機を乗り継ぎクパンという街から国連の4WDで4時間程のドライブです。大きな国なので移動だけでも大変です。勿論ネットも繋がらない環境です。
今回のプロジェクトはおよそ1700人を長期間にわたり貧困からの脱却を図る事ができると言われています。
増え続ける環境難民を考えると本当に僅かですね。
カーボンフリーコンサルティングの後に続く企業が沢山現れてくださる事を期待しています。

雲の上より

  • 2009年03月16日

ジャカルタに向かう機上で書いています。
日曜日の横浜は晴天でした。
当社がカーボンオフセット/カーボンマイナスを実施させていただいたノルディックウォーキングがテレビの取材をいただきました。早速日曜日のTVKの夕方に放映いただきました。
大都市の環境を整え元気を与えたい。ノルディックウォーキングやランニングクラブを応援するのもそんな思いからです。


また横浜の街に3万匹のミツバチが飛び始めます。
ハマブンブンがスタートします。少しでも楽しみながら緑化に対する意識改革に繋がればよいのですが。
夕方の湘南です。余りに美しい景色に目を奪われました。遠くに富士を望みます。

ジャカルタでWFPや大使館との打ち合わせのあとティモールに出発します。インターネットが使える場所に来たらBLOGをアップいたします。
今回のWFP WOOD FOR CARBON FREE PLANは実に様々な反響をよんでいます。ありがたい事に応援してくださる方ばかりです。
環境問題は単体の解決は困難です。
環境は他の様々な要因と密接に絡み合っています。
環境難民もそのうちのひとつです。
カーボンオフセットや排出権が人道支援に直接結びつくような仕組みの構築が求められています。新時代に突入したのでしょう。
より多くの参加者を集め、温暖化防止に役立ち、そしてより多くの人々の生活を支える活動を展開していきたいと思います。
二酸化炭素削減/炭素固定化の方法は幾通りもあっていいのです。
いやむしろあるべきなのです。現地に求められるもの、地域の情勢を考えて活動すべきなのです。
しかし事態は急を要します。
カーボンフリーグループの次の展開は海洋です。
リリースまでは少しお待ちを!
ちょっとだけ列挙してみました。こちら