感謝

  • 2010年12月08日

つくづく仕事が好きなのだなあと我ながら思います。いつまででも仕事をしていたいです。
環境コンサルの事業も、フィットネスの事業も、アカデミーの仕事もメディアのプロジェクトも素晴らしいスタッフに恵まれました。みんなゼロからスタートしました。
一見関連性が薄いようですが全ては一つの軸で繋がっています。
看板は違えど向かう方向も同じです。
アイデアとスピードだけで乗り越え進んできました。
仕事が好きというのは、素晴らしいスタッフとの化学反応がお客様の支えで拡がり、世の中を変えるだけのパワーが生まれる事が楽しいからに他なりません。
勿論大切だけど、金じゃない。
人生においては中身が大切なのでしょう。
起業してから振り返る事などできない日々ですが、支えてくださる方への感謝の念だけは忘れないでいたいと思います。

銀座の夜

  • 2010年12月08日

昨晩はTV撮影の後テレビ局の仲間と会食でした。
銀座の夜。忘年会シーズンなのに客引きが多いのはやはり不景気なのでしょう。
六本木と何ら変わらなくなっていますね。
明日から3日間エコプロダクツ展ですね。
様々な形でカーボンフリーコンサルティングもかかわらせていただいております。私も講演が入っています。
皆さんにお会いできるのが楽しみです?


iphone case

  • 2010年12月07日

使い込んで傷んでしまったケースを買い替えました。
iPhoneが或るお陰で相当仕事が効率化できています。
茶色の本革のケースです。Suicaも入れられてとても便利です。
デザインも秀逸です。


表紙はパタゴニアにあるビーバーハウスの前でノルディックウォーキングをしている写真です。
以前書かせていただいたようにメールの数が相当数のため移動時間中の作業が大切になります。スパムメールを除いても400件程/日。これは多すぎます。
勿論ccとして入っているものがとても多いのですが目を通さなくてはなりません。
急ぎの件は電話の方が有り難いですが最近はメールがビジネスやプライベートの主になってしまっていますね。
文面で伝えられるものは情報量に限りがあります。
息づかいだったり、声の調子だったりが加わるので電話の方が情報量が多いのでしょう。
会えば微妙な表情の違いも分かります。
カーボンフリーコンサルティングのスタッフにはとにかくできるだけ会ってお話しするように進めています。
一方通行はコミュニケーションではないですからね。
便利な世の中になりましたが、できるだけ守りたい事ですね。

なべ

  • 2010年12月06日

今朝は両国からスタート

打ち合わせのあとちゃんこ巴潟で昼食
20年ぶりに訪問しました
相変わらず旨いちゃんこ鍋です

街を歩くと銀杏の葉もすっかり落ちてきました。
黄色い絨毯ももうすぐ終わりです

夜は会食で鍋でした
年の瀬が近づくとどうしても忘年会が増えますね
カーボンフリーコンサルティングのスタッフも各自忘年会に出かけました
みなさん体調管理していますか?

北へ

  • 2010年12月05日

早朝から雷雨である。土砂降りである。風も強い。
フロントガラスのワイパーも効かない程である。

高速道路は事故渋滞。
余裕をみて出発したがそれでもいつもの倍も時間がかかってバスは羽田に到着した。
飛行機も天候不良のため一時間近く出発が遅れた。
一路北海道に向かった。環境省主催の講演会でお話させていただく為だ。
札幌も雨。
札幌駅の地下が昼食。
やはり味噌ラーメン。
暖まる。

会場はほぼ満員の状態でCSRやCRM(コーズリレーテッドマーケティング)についてお話させていただいた。
カーボンオフセット等もCSRの中の三つの柱の一つである環境の中の一手法である。
CSRが日本で根付くようにする為には、見かけの良いCSRレポート作りに拘るのではなく実の或る活動が必要であり、そして横断的に動ける組織体制が必要であるとのようなことをお話させていただいた。
昨日も海外のメディアから何故日本の企業は義務化されていないのに取り組むのかという質問を受けた。ボランタリーだからこそやれることもあるという説明をさせていただいた。
会場からは様々なご質問を戴いた。雨は相変わらず冷たく降っている。
カーボンフリーコンサルティング株式会社
中西武志

イルミネーション

  • 2010年12月02日

ライトアップは綺麗ですね。
表参道アカデミーに向かう道は混雑していました。
師走ですね。

雑誌の取材を受けました。
そのあと関内の水炊き屋で会食でした。
元町のピエールの店は今日も満席です。
通りのライトが綺麗でした。


沖縄のカヌチャリゾート様が今年もクリスマスイルミネーションのカーボンオフセットを実施されます。(ヤフーカーボンオフセットにもカーボンフリーコンサルティングが手掛ける沢山の国内クレジットが掲載されました。ご活用ください)

今日はお客様と一緒にテレビ取材です。
今年も残りが少なくなってきましたね。
全力で駆け抜けたいです。

クリフサイド

  • 2010年12月01日

代官坂の中腹にあるクリフサイドは一昔前の遊び人は誰もが踊ったことのある場です。
懐かしい人も多いと思います。
東京からも大挙して押し寄せた名門クラブも今ではひっそり営業しています。
しかし今でもビックバンドをよんだり、社交ダンスが開かれています。
中はいい意味での昭和のデザインで、今では作るのが難しいであろうマホガニーのカウンター。
広い天井。
木の床。
全てが素敵です。
ハマの財産ですね。
皆さんも活用してくださいね。
http://homepage2.nifty.com/cliffside/story.html
クリフサイドの青春
文=荻野アンナ
 山の手の住人にとって、買物をするとは、坂を上がることである。
 元町商店街を動脈とすれば、そこから、何本もの細い血管が、緑の丘にのびている。
 そんな血管の一つが、代官坂である。傾斜はなだらかではあるが、両手のショッピングバッグが重りになる。心持ち背をこごめ、自然にうねりに足を沿わせているうち、次第に息がきれてくる。火照(ほて)った頬(ほほ)が風を感じ
 ブテックの名前の入った紙袋を、得意げに下げていることもある。が、たいていは老舗のスーパーや新参のコンビニの食料品でふくれたビニール袋が、指にくいこんでいる。
 私にとっては、生活の足を運ぶ坂なのだが、そこに青春のひとときを、蛍火のように輝かせた人もいのだと、最近知った。
 名古屋で乗ったタクシーの、初老の運転手は、客が横浜の人間と知るなり、無防備な笑顔を見せた.伊勢佐木町。港。マリンタワー。彼の口から「クリフサイド」の名前が出るに及んで、私のほうも膝(ひざ)を乗り出した。
 代官坂の中腹を、右に入ったところに、お伽(とぎ)話の城を、上からひしゃげて、コンパクトにした感じの、一風変わった建物がそびえている。
 長い歴史を誇る、ダンスホールである。戦後の一時期は東京まで名前がとどろいていたという。私にとっては、買物帰りに横目で眺めるだけの店に、その運転手さんは、若い頃よく通った、と目を細めた。
 当時はいなせな船員だった。とっておきのダンスシューズに、髪はポマードで念入りに固め「クリフサイド」にくりだした。
 踊っていて知り合った、とは、今でいうナンパになるが、相手はお嬢さん育ちである。彼女からくる手紙には、英語の単語がまじっている。彼はあわてて辞書を買い求め、独学にいそしんだ。
 そのうち彼女に縁談が来て、それっきりになった。手も握ったことはない。だから歳月をへてもなつかしい。なつかしいな、横浜、とそのひとは甘いため息をついた。
 以来、代官坂を通るたびに思い出す。昔、この坂を、胸をときめかして上がった人がある。他人の記憶で、少し胸を熱くして、足を止める。「クリフサイド」の白壁が、薄暮に鮮やかに、浮かび上がる。
(この文章は『市民グラフ ヨコハマ』 1996 No.95から抜粋致しました。)

真っ黒なおでん

  • 2010年12月01日

野毛おでんに行きました。真っ黒になるまで煮込んだおでんです。
勿論竹輪麩があります。
関西の人が見たら目を剥いてしまうようなおでんですね。
しかし私は大好きです。
この時期はおでんがおいしいですね。
おでんには熱燗が良く合います。


留まる人

  • 2010年12月01日

先日カーボンフリーコンサルティングの歓送迎会が開かれました。出張が多いスタッフが大体顔を揃える場となり大変盛り上がりました。新しい場所に行く人、新しい場としてカーボンフリーコンサルティングを選んだ人、ここに根をおろし留まる人。
出会いと別れ。
去っていく人の顔からは今までの感謝の念と寂しさからか、顔を崩しているのが分かります。
今までどうもありがとう。