臭い
- 2025年08月27日
「臭い」と書いて──ニオイと読むか、クサイと読むか。
これからその世界に足を踏み入れようとするあなたを、私は心から応援したい。
環境という言葉には、どこか「きれいなこと」をしているという幻想がまとわりつく。
地球にやさしく、自然とともに、美しい未来を──
そんな言葉の響きだけを信じて進もうとする人もいるだろう。
だが、そのイメージだけでこの世界を語るには、あまりに甘い。
私たちが向き合うのは、環境が壊れ、汚され、見捨てられた現場そのものだ。
そこでは、二酸化炭素の売り買いではなく、
腐敗の臭いが鼻を刺し、足元に染み込んだ汚泥が重くのしかかる。
言葉だけでは何も変わらない。
体ごと、その現実に飛び込まなければ、始まらない。
私は、世界中の廃棄物処理場を歩いてきた。
下水処理場の奥深くまで潜った。
許可のない業者と交渉を重ね、
防弾車で移動し、SWATの護衛を伴って入る現場もあった。
中南米、アフリカ、東南アジア、旧ロシア圏、中東。
乾いた大地、熱帯の湿気、打ち捨てられた町の裏路地──
そのどこにでも、臭いがあった。
腐敗臭。
硫化水素。
焼却炉から立ち上る煙。
ブラジルでは、手術で切除された人体の部位の焼却処分に立ち会い、
別の国では、押収された麻薬の焼却現場にいた。
ガスが目を焼き、胃がよじれるほどの悪臭が、記憶に刻まれている。
下水処理場では、時に全身に糞尿を浴び、
現場を出たあとも、どこかにその臭いが染み付いていた。
それでも私は、その仕事を選び、今も続けている。
なぜか?
そこに、変えられる可能性があるからだ。
誰もが目を背けた場所を、少しでも良くすることができると知っているからだ。
今日訪れた都市型の下水処理場は、以前よりもずっと進化していた。
技術も、働く人たちの誇りも、確かにそこにあった。
今日は、メキシコから来た友とこの現場を訪れた。
彼もまた、自国で、使い古されたインフラと、拡大する都市の矛盾に向き合っている。
その目に映った日本の現場の姿が、きっといつか、彼の国でも何かを変えるはずだ。
臭いも、苦しみも、技術も、そして誇りも──国境を越えて伝わっていく。
臭いは、洗えば落ちる。
だが、現場でしか得られない「覚悟」は、決して落ちない。
この仕事は、キレイゴトの対極にある。
けれど、キレイにしようとする意志そのものは、世界で最も誇るべきものだと私は思う。
だから、これからこの世界に入ろうとするあなたに伝えたい。
目の前の「臭い」に目を背けないでほしい。
それをクサイと感じるか、ニオイと感じるかは、あなた自身が決めていい。
だが、その先にある未来を、諦めずに見続けてほしい。
その一歩を、どうか誇って踏み出してほしい。
私は、あなたの背中を心から押したいと思っている。
