メキシコ大地震と007
- 2018年01月20日
このメキシコシティの美しい建物は震災の被害を免れました。
つい最近も007の舞台として使われた建物です。

シティの中心部でもビルが傾いたり、壁が落ちたりしてしまっています。
修復工事があちこちで行われています。

このメキシコシティの美しい建物は震災の被害を免れました。
つい最近も007の舞台として使われた建物です。

シティの中心部でもビルが傾いたり、壁が落ちたりしてしまっています。
修復工事があちこちで行われています。

メキシコ国内を随分と移動した。
靴は埃まみれだ。
メキシコシティで靴磨きをお願いした。
あっという間にピカピカになった。
日本やアメリカの靴磨きのやり方と違う。
泡で汚れをとってから上から何層か塗り込んでいく。
最後に光る靴墨を塗るからピカピカに光る。
実はこの靴は17年履いている。
ロンドンのJohn Lobbで購入したものだが、なんどもメンテナンスをしながら履き続けている。
上質な革を使っているのでとても長持ちする。
鉱山でパワーストーンを購入しました。
銀を求めて掘削するときに色々な石が採れるそうです。
紫水晶の塊です。
珍しいですね。

#outdoorfitnessalloveryourtown
Un país de amor
愛の国 メキシコ
この国に来るたびに、人との接し方や生き方について考えさせられる。
人と人はもっと感情を込めて触れ合うべきだと感じる。
人生はもっともっと謳歌すべきだと感じる。
人生観と言うか死生観が異なっているのだ。
誰もが近かろうか遠かろうかいずれは死を迎える。
金は持っていけない。
何を大切にしていかなければいけないかは死の瞬間から今を逆算すればわかるような気がする。
ツアーの行程で1日だけ或る都市の観光地に立ち寄っただけなのに
「あの国にはもう行ったからいいや」というような発言をされているのを何度か聞いたことがある。
僅か数日では何もわからないだろう。
同様に、訪問した国数自慢はよく聞くが、側から見るとどうにも格好悪い。
国数ではなく、如何にその国の文化や人々に触れたかの方が重きを置くべきなのではないかなと感じる。
国数など、アフリカ1周すれば50を超えるし、ヨーロッパの小国を巡れば数は増える。
勤め先を少し休んでふらつく事を
「旅」と表現されていることもよく耳にする。
戦火をくぐり抜けて大きな話をまとめて来たのに、
「出張から帰った」とだけいう人もいる。
どうにも違和感がある。
旅という言葉を考えてみた。
仕事を休んで観光地を巡るのは観光旅行。
仕事で現地で商談するのは出張。
そんな括りでよいのだろうか?
旅というものは、何か冒険心を煽るワクワクするような何かを含んでいるものだと感じている。
そこで現地の文化に触れ、人々と接すれば良いのだと思う。
例えば、幼い子供が初めて近所にお買い物に一人で行くのも旅で良いと思う。
観光地を巡ると言っても色々ある。
出張と言っても色々ある。
人がなかなかいけないような場所を巡ることもあれば、
大変な危険をくぐり抜けるような出張もあるのだ。
温泉を巡る旅もあるだろう。
人それぞれの定義であって良いと思う。
そこに冒険的な何かワクワクするようなものが入っていれば旅でよいのではないか?
ただ、表面をなぞるだけの薄っぺらい観光地巡りは旅とは言わないのだと思う。
旅行といえばいい。
結局実態と乖離していなければそれでいいのだろう。
