鎮魂
- 2020年08月06日
原爆の日である。
核兵器は無くならない。
原爆のない世界というよりも、平和な世界を希求したい。
兵器は時代と共に変化するし、
大量殺戮兵器だけが問題なのでもない。
武器の廃絶が問題なのではない。
そう思う。
これは左とか右とかいう思想の壁を超越した考えなのだと思う。
平和を阻害するものに対して、どのように立ち向かうかの方法について異なる考えはある。
日本を取り巻く環境は世界でも稀有なほど地理的にも厳しい状況である。
75年にわたる平和な時期を謳歌し過ぎて、緊張感もなければ、平和が永続的に続く当たり前のものだと思われているのだろう。
そんなものではないし、日本は平和でも安全でももはやない。
政治家や官僚だけに任せられるほどの問題でもない。
国民の意識を改めなければ、行く末が危ういのではないかと考えている。
取り越し苦労であれば良い。それで良い。
毎年地球を10周ほどぐるぐると何年も回る仕事をしてきた。
本能的に、感じるものがあるのだ。
平和を維持するための負担。それを少しずつ増やしていくことになるのだろう。
お金だったり、国際貢献なのだろう。