違和感
- 2017年07月16日
夏だ。
この時期はうなぎを食べたくなるものだ。
しかしこれはどうだろう。
衝撃なのは、価格ではない。
違和感なのだが。
業界団体や役所関係の役員を引き受けたら、仕事以外に忙殺されるようになってしまった。
私が役員になった以上は、変えるものは変えないと気が済まないからだ。
組織のあり方から、組織体制はもとより、フォント一つからして修正していかないとどうにも気分が悪いのである。
金にならないことを頼むのも嫌だし、自分の意図が正確に反映し貰えないのは困るのである。
というわけで、すべて自分でやれることはやってしまうのである。
一銭にもならない。時間ばかりを費やすことになる。損な性格だし、損な役回りである。
しかし、それは業界団体の地位向上を図ることに繋がるし、回り回ってビジネスチャンスも生まれてくるかもしれない。
短期的な目線で考えてはならないのである。
というわけで、3連休も無い。
また出張が始まるというのに、準備が追いついていないのである。
まあ、乗り切るしか無い。
30年前にアメリカにリュックサック一つで渡った。
サンフランシスコからニューヨーク、マイアミを通ってロスに帰った。
金はないが楽しい旅だった。
その時にあった友人がアメリカからやってきた。
この4人で会うのは30年ぶりだ。
随分と時間が流れたものだ。
ちなみにその時の旅の写真が6年前に記事になっていました。(日刊工業新聞2011年12月2日)
30年前もほっつき歩いていたのですが、今はもっと加速しているような。。。。まあいいか。
7月は殆ど海外の現場のはずだったが、急遽延期になったプロジェクトがあり、
ぽっかりと空いた時間ができた。
延期と言っても、現地で暴動が起きて渡航を見合わせただけで、
そのプロジェクトにも2−3か月後には行く予定だ。
空いたと言っても、その間にできることも多い。
ある意味、日本にいることができて助かった面もある。
現場とデスクワーク。
両方なくてはならないものである。
知識と行動。この2軸がなければ回らないのである。
いつまで経っても勉強ばかりしている人がいる。
一体何をやっているのだろうかと疑問に思う。
あなたが勉強しても、誰にためにもなっていない。
自分のためだけに時間を使うことができるのは羨ましいが、
それでやった気になっている上から目線人間が出来上がってしまうことは
ある意味恐ろしいことである。
正しい知識を身につけたら行動である。
当たり前である。
走りながら、整理して、そして修正してまた走り出す。
足りないものは足りている人の力を借りる。
これまた当たり前である。
社会人になって勉強する人には、何の、誰のための勉強であって、
いつその知識を活用するのかを初めから目標設定した方が良いと思う。
そうでなければ時間つぶしである。
私は今でも新しいことにチャレンジを続けている。
勉強は欠かしていない。
10年間で3000冊の本を読んだ。
1日1冊近いペースだ。大した数ではない。愚書も多い。
しかし得たものも大きかった。
しかし、フィールドで得た知識は、極めて実践的であり、
そして有意義なものであった。
書を持ち旅に出るべきだと強く思うのである。
なんで評論家になりたがるのだろうか?
少し仕事に慣れてくると、すぐに評論家になりたがる人が多い。
大組織だと特にそんな人が目立つ。
そんな人は必要ないのである。
なぜか?口だけだからである。
その立場は一番楽だからと言って、居座るべきではない。
大企業の相談役は、引き際が矜持なのである。
確かに自分の意見は大切だろう。
そんな場面もある。
会社に対する愛情もあるのだろう。
ならば車も部屋も秘書もいらないだろう。
愛情があるならば、無償で働く気概を見せて欲しい。
できないならば、見せかけの愛情である。