Best foods to eat for Breakfast

  • 2014年07月09日

どうでもいいことだが、

どうして「世界一美味しい朝食」となのる店はパンケーキ屋ばかりなのだろうか?

そもそもパンケーキが世界一おいしい朝食であるという根拠はどこにあるのか?

世界一美味しいパンケーキならば何となく分かる。

世界一不味いパンケーキならばもっとよく分かる。作って上げよう。

ちなみに日本で食べるならば、Sarabeth`s NY Restaurantがよいと思う。

 

ビュッフェの美味しい店ならば、好きなものを食べられるし、サービスが良くて、風景も良くてなんて店があればそちらの方が余程いいような気がするが。

こんな事を考えてしまう時間があるのは、急に出張が無くなったからです。

 

 

wonderful world 

  • 2014年07月08日

世界は広い

この世界を深くみていくだけで、

人の一生などあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。

 

 

アイデアとスピードで、

どこまで多くを変えることができるだろうか?

 

あらよっと、一跨ぎ

Intellectual curiosity

  • 2014年07月08日

どこかの街の端っこで

 

知らない世界への好奇心を失いたくない。

それは、地理的なものだけでなくて、

アカデミックな世界であったり、

ビジネスの世界であったりする。

いわゆる、知的好奇心である。

これが原動力のひとつである。

 

 

人生はあまりにも短い。

そして一人ができることには限りがある。

 

その限界を少しでも遠くに持っていきたい。

 

そんなことを考える。

 

 

 

 

crowd funding

  • 2014年07月06日

赤潮が発生したせいで

透明度が低く

この時期なのにクラゲが多い

 

それでも沖に出ると潮風が気持ちがよい。

 

この施設を7年前に作ってから、

どれだけ多くの人々の健康増進に寄与し、

笑顔を産み出してきたのだろうか?

 

そしてここでなければ働きたくないスタッフを数多く雇用する事ができた。

勿論私の力など微力であったが、成果が出た事は疑いの余地はない。

日本各地にその遺伝子を継いだ関連店舗がどんどんと拡がっている。

この事業を初めてよかったとつくづく思う。

いい仲間に出会えた。感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで数多くのプロジェクトを作ってきた。

それを知って私のようなものの下に集まってくれる、若い方々も多い。

彼らには、プロジェクトの組み立て方を少しでも習得してもらいたいと思っている。

 

社会起業家とか、人道支援とか、環境貢献とか、呼び名はどうでもいいが、

結局は、どれだけ多くの裨益を産んだかどうかが全てであると考える。

だから誰かの作ったものを伝えるだけで何も産み出さない媒体であるべきではないし、

事業の主体として行動すべきなのだとの考えは貫いてきた。

 

泥臭くて、人間の感情がむき出しで、汚くて、そんな世界で働いてきたから、

上辺だけを賛美するような空論をみるにつけ、現実との乖離に驚かされる。

世の中はもっと深く、裏がある。

 

環境の分野に多い自称オピニオンリーダーが、まともなプロジェクトを実施した事をみた事がない。

存在しない敵をでっち上げて戦っている自分に陶酔しているような輩には、

自分でやってみなされ。

成功したら認めてあげるから、と言わせていただこう。

 

随分と本物と出会ってきた。

彼らは謙虚であり時に大胆であり、そして人前に出たがらない人が多い。

私もそうなりたい。

 

クラウドファンディングで最近多く見かける、「何故ファイナンスが必要なのか」の理由が不明瞭で、

「自分が努力して働くなりして稼ぐ」という、

当たり前の事もしないで、人からお金を恵んでもらうことを最初に考える人には違和感を覚える。

 

クラウドファンディングは悪くない。

新しい仕組みとしてよいと思う。

 

しかし、他の方法を努力して実施しているとはとても思えないような、こまったちゃんや、

出資法に抵触するかどうかの際どい内容は何らかの制限を設けた方がよいと思う。

 

私はこういった方々に賛同できない。

夢を実現するのに、最初に自分の手と足を遣うこともしないで強い意志を
持っていると信頼できるだろうか、

と言う素朴な疑問が産まれてしまう。

 

成人になったならば経済的な自立無くして精神的自立はなし得ない。

そんな大人になるという意味を今では誰も教えてあげないのだろうか?

 

同様に、誰かを支援するような活動自体の名目は素晴らしい団体が、実は経済的に自立していないで、

幾つもの助成金を受けて成り立っている事を良く見かける。

経済的な自立無くして人の支援を行なう事は疑問である。

 

 

手厳しいだろうか?

正論に眉をひそめるのは構わないが、

夢を実現したり、プロジェクトを実施する事はもっと遥かに厳しいはずだが。

 

rainy kagurazaka

  • 2014年07月06日

今週は珍しく神楽坂での会食が続きました。
食事をしながら様々なことを話し合えました。

小雨の降る中、今では珍しくなった石畳の路地を歩きます。
花街の面影がこの街が人気が人気のある理由なのでしょう。

仕事の話でも友情を温めるためであっても会食の場所は大切なのだと思います。

start a journey

  • 2014年07月05日

スタッフの多くが各地に飛んでいます。
地球の裏側のお客様から奮闘されているご連絡をいただいています。
そろそろ旅の支度を始めようと思います。

成人になる前からバックパッカーとしてアメリカ横断したのを皮切りに随分と各地を回りました。
外資系の企業で20年近く働かせていただいた間にも随分と世界をまわらせてもらいました。

社会科見学しているだけでは世の中のことなどなにもわからないのだと思います。だから旅というのは只行ってきたというのでは、上辺しか見ていないし、自分のためなのでしょ。

いや、それでいいのだと思います。

しかしもっと深く入り込むことで初めて見える世界があるのだと思います。
それは辛い現場だったり、感情や私利私欲の駆け引きの現場だったりします。
やった振りが通じない世界です。

ちょっと旅の本を読んでみました。

That’s immaterial

  • 2014年07月04日

どうでもいいことが気になってしまう

例えば、街のそばや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう、スーパーで売っている調味料を並べるだけの店は嫌いだ

調味料が悪いわけではない

しかし、真剣にうまいものを提供しようと言うのならば、辣油一つ、胡椒一つの味を吟味した上で、

客に提供すべきだと思ってしまう。

 

もっとどうでもよいのだが、調味料を手に取った時に「ヌルッ」とした感触がしたら、その店にはもう行きたくない。

真剣に仕事しているならば、細部にまで気を配るべきだからだ。

 

隙があってはならないし、なにより相手を思い遣る事ができないでプロの仕事とは言えない。

ってどうでもいいことだなあ。