丁度一年前に初めてロベン島を訪れた。少々神経を使うミッションの後に立ち寄ったケープタウン。
収監されていた牢獄での生活は想像を絶する程過酷であったはずだ。
27年間もの収監。
ネルソンマンデラ氏の強靭な神経と偉業に触れて大きな感銘を覚えた。
Invictus ラテン語で屈服しないという意味だ。
曲げない信念 やり抜く力量 歴史的に意義のある活動
追悼式にはオバマ大統領がカストロ氏と握手する場面もあったようだ。
オバマ大統領は「彼は私を目覚めさせてくれた」として、マンデラ氏はみずからの政治家としての模範と讃えた。
世界の要人が集まった。日本からは誰が参列しているのだろうか?
ある意味では、ガンジーよりも功績も影響力もあったのだと思う。
その方の評価はこんなポリネシアの小国にいても大々的にほうどしているのをみればよくわかる。
自分には何を成し遂げる事ができるのかは今でも分からない。
しかし間違ってはいないと思う。
山の上は雨が降っているようだ。水量が多いと作業が捗らない。
天を恨んでどうするとは思うが、中々思い通りにはいかないものだ。
この国での作業も山を越えたようだ。
朝から夜遅くまでの連日の作業。

体重は1週間で3kg程落ちた。
しかも帯同者の殆どが高熱の風邪に感染してしまっていた。
最後までうつらないつもりだったがとうとうダメだった。
アチェ州の業務が終わり、LCCにて移動をしている辺りから体調が悪くなってきた。
インドネシアのLCCだから、座席はほぼ垂直である。
まともに座るとオーバーハングしてるのではないかと思える程である。
リクライニングして95度。
勿論到着は5時間遅れた。
ジャカルタまで移動。
そこで更に最終wrap-up meetingを実施。
予定していた内容は完遂できたと思う。
全力を出し切った。
口だけでなく、満面の笑みを拝見すれば、我々の仕事を大変高く評価していただいた事が分かる。
この仕事をお引き受けしてよかったと思う。
こんないい構想のプロジェクトに参画できて幸せだ。
課題解決の為には色々な解決方法があったのだと思う。
現場では仮説と検証を繰り返す事が最善の策ではない時が多い。
特にデットラインや予算が限られている時には、繰り返しには限度があるからである。
そのうちの1つの解決策は採らなくては進めなかった。
何を選択するかは、ビジョンと経験則に依ってくるのだと思う。
深夜便にて次の経由地に向かったが、そこで文字通りぶっ倒れるように寝込んだ。
40度近い高熱は10年以上ぶりだろう。
体力が落ちているから感染を赦してしまった。
出発までのここ数ヶ月はボクシングの練習も中々できていなかった。
運動不足のままでのハードワークは、自分の体力を過信していたのかも知れない。
一日半で平熱に戻り咳も止まった。さらに2kg痩せた。
ベルトの穴が2−3ずれてしまいズボンが緩くなった。
目だけは爛々としているのだがこれもフィールドでの仕事中であるからだろう。
お世話になった方が亡くなった。
つい最近元気な声を聞いたばかりだったのに。
叱咤激励をいただき、そして温かい目で見守っていただいていたのに、
あまりに急すぎるよ。
一旦帰国を考えたが、遺志を継いで任務を全うする事にした。
葬儀にも参列できない自分を呪う気持ちがある。
人としてよいのかどうかと思ってしまう。
今私が抜けて帰国したらこのプロジェクトは頓挫する。
しかし彼ならば笑いながら続けたほうがよいと言うと確信している。
帰ったら墓前に花を供えて報告にうかがいます。
どうぞ安らかにお休みください。

アチェ州に来ています。
史上最大の災害の1つ スマトラ島地震
23万人の方がお亡くなりになっています。
泥だらけになりながらフィールドで作業をしています。


中継地であるジャカルタに到着しました。
この街には、祖父のお墓があります。
日本からこの地に渡り、インドネシア映画の父と呼ばれた祖父。
葬儀にはスカルノ大統領も駆けつけたそうです。
数十年ぶりで東京国際映画祭でも上映されました。
毎年は来られないですがジャカルタに寄った折りには祖父の墓前を訪れることにしています。
今日は墓前に近況を報告致しました。
環境の仕事を始めてから様々な国と地域を訪問させていただきました。
北極圏から南極まで。アフリカも南米も。
環境の仕事は現場に入らないと分からない事ばかりです。
解決できない事だらけです。
正しい知識を身につけて正しい行動をとる。

その両輪無くして、環境貢献はできません。
勉強だけしていてもダメ。
行動的な無知になってもダメ。
調査だけしていてもダメ。
経済的に回る仕組みを組み立てなくては永続的な活動は展開できません。
環境活動を安易にWebサイトを用いた活動に依存してはなりません。
ライフスタイルを変えるだけでは環境は変わりません。
流行り物に飛びつくのではなく、地に足がしっかりとついた行動無くしては何も産まれません。
明日は西へ移動します。
東京大学に初めて足を踏み入れたのは、兄の合格発表の日だった。
私は当時中学生だった。掲示板に番号を見つけて「アッター」と叫んだ。
その瞬間に回りを体育会系の学生に囲まれて胴上げされた。
当時は中学生のくせに見かけが大学生のようだったのか、自分が当事者だと勘違いされたのだ。
あれから随分月日が流れ、2つ目の大学院として東大に入学する事になった。
合格したときはとても嬉しかった事を覚えている。俺が学問の世界と実社会を結びつけてやるぜ、くらいの気負いもあった
しかし色々悩み、休学し、そして中退してしまった。
人生において後悔する事は幾つもあるが、これもその一つだ。
今思えば、違った人生になっていたのだと思う。
更に月日は流れ、いつの間にか東大で講演をさせてもらったり、今日みたいに、東大の最先端技術をビジネスで活用する為の打合せをさせて貰ったりしている。
銀杏並木。
私は大学の中で東大が一番美しいキャンパスだと思う。
少々ほろ苦い思い出があるが、それでもこの大学とともに新しい展開を目指したいと思う。