業界団体や役所関係の役員を引き受けたら、仕事以外に忙殺されるようになってしまった。
私が役員になった以上は、変えるものは変えないと気が済まないからだ。
組織のあり方から、組織体制はもとより、フォント一つからして修正していかないとどうにも気分が悪いのである。
金にならないことを頼むのも嫌だし、自分の意図が正確に反映し貰えないのは困るのである。
というわけで、すべて自分でやれることはやってしまうのである。
一銭にもならない。時間ばかりを費やすことになる。損な性格だし、損な役回りである。
しかし、それは業界団体の地位向上を図ることに繋がるし、回り回ってビジネスチャンスも生まれてくるかもしれない。
短期的な目線で考えてはならないのである。
というわけで、3連休も無い。
また出張が始まるというのに、準備が追いついていないのである。
まあ、乗り切るしか無い。

30年前にアメリカにリュックサック一つで渡った。
サンフランシスコからニューヨーク、マイアミを通ってロスに帰った。
金はないが楽しい旅だった。
その時にあった友人がアメリカからやってきた。
この4人で会うのは30年ぶりだ。
随分と時間が流れたものだ。

ちなみにその時の旅の写真が6年前に記事になっていました。(日刊工業新聞2011年12月2日)
30年前もほっつき歩いていたのですが、今はもっと加速しているような。。。。まあいいか。

メキシコで覚えた牡蠣殻パン(メロンパン)のうまさが癖になり、
日本でもメロンパンばかり食べている。

7月は殆ど海外の現場のはずだったが、急遽延期になったプロジェクトがあり、
ぽっかりと空いた時間ができた。
延期と言っても、現地で暴動が起きて渡航を見合わせただけで、
そのプロジェクトにも2−3か月後には行く予定だ。
空いたと言っても、その間にできることも多い。
ある意味、日本にいることができて助かった面もある。
現場とデスクワーク。
両方なくてはならないものである。
知識と行動。この2軸がなければ回らないのである。
いつまで経っても勉強ばかりしている人がいる。
一体何をやっているのだろうかと疑問に思う。
あなたが勉強しても、誰にためにもなっていない。
自分のためだけに時間を使うことができるのは羨ましいが、
それでやった気になっている上から目線人間が出来上がってしまうことは
ある意味恐ろしいことである。
正しい知識を身につけたら行動である。
当たり前である。
走りながら、整理して、そして修正してまた走り出す。
足りないものは足りている人の力を借りる。
これまた当たり前である。
社会人になって勉強する人には、何の、誰のための勉強であって、
いつその知識を活用するのかを初めから目標設定した方が良いと思う。
そうでなければ時間つぶしである。
私は今でも新しいことにチャレンジを続けている。
勉強は欠かしていない。
10年間で3000冊の本を読んだ。
1日1冊近いペースだ。大した数ではない。愚書も多い。
しかし得たものも大きかった。
しかし、フィールドで得た知識は、極めて実践的であり、
そして有意義なものであった。
書を持ち旅に出るべきだと強く思うのである。
なんで評論家になりたがるのだろうか?
少し仕事に慣れてくると、すぐに評論家になりたがる人が多い。
大組織だと特にそんな人が目立つ。
そんな人は必要ないのである。
なぜか?口だけだからである。
その立場は一番楽だからと言って、居座るべきではない。
大企業の相談役は、引き際が矜持なのである。
確かに自分の意見は大切だろう。
そんな場面もある。
会社に対する愛情もあるのだろう。
ならば車も部屋も秘書もいらないだろう。
愛情があるならば、無償で働く気概を見せて欲しい。
できないならば、見せかけの愛情である。
アルゼンチン沖にフォークランド諸島がある。
実は航海した時にすぐ近くを通ったことがある。
小さな島である。
イギリスから渡った人々が漁業で生計を立てている。
軍事政権下のアルゼンチンがこの島を巡って戦争したことはそんなに昔のことではない。
2002年のW杯でイングランドとアルゼンチンが戦った。
札幌でである。
スタジアムは異様な熱気であった。
偶々観戦していた私は、その熱気に驚いたものだ。
戦争は辞めて欲しい。
サッカーぐらいでちょうど良い。
平和ボケしているが、北朝鮮からミサイルが飛んできても不思議ではない。
日本の本土で多くの血が流れるかもしれない。
危機を煽っているのではない。
今そこにある危機である。
そうなった時に、日本はどのように対応するのだろうか?
私にとっての危機は、一気に日本が真逆の方向に振れてしまうことなのだ。
普段から危機について考えていない人々は、感情的に流されやすい。
日本国憲法は今だからこそその精神を考えるべきなのだと思う。
そして、有事の際には、全力で生命を守ることに迅速に動いて欲しい。
今はその訓練すらどこでも実施していない。
警報がなって、家の中に避難しろだけでは足りない。
どのような攻撃があったら、どのように退避するのかを
地域ごとに決めておいたほうが良いだろう。
パニックにならないためにも、綿密な訓練を行っておくほうが良いのではないか?
大陸間弾道ミサイルでなくても、北朝鮮から幾つものミサイルは発射されたら
すぐに飛んでくる。
全部を撃墜できるわけでもない。
米国による反撃があるまでの数日をどうやって生き延びるかを、
国民に伝えたほうが良いだろう。
考えすぎか?
そんなこと日本以外で言ったら笑われるだけだろう。
今や北朝鮮は世界でも有数の危険な地域なのだ。
ローマ法王になる日までを観た。
アルゼンチンの司教がローマ法王になる日までを描いたドキュメンタリーだ。
軍事政権下のアルゼンチンでは、数万人が虐殺された。
そんな昔の話ではない。80年代まで続いた話だ。
ホークランド戦争まで引き起こした時代だ。
ローマ法王が若い時期には、貧しい人を助けようと奔走した。
その姿を見て、赤だ、共産主義者だと非難された。
神は貧しい生活をする人々の中にいるとして、戦った方だ。
若い時には日本へ布教することを希望していたが、
国内が揺れていた時代なので叶わなかったのだ。
そんな方がパーパになるというのは、なんとも嬉しい話ではないか。
自分ごととして考えてみても、環境の仕事をしていると色々な人々に出会う。
貧しい人々を救う仕事をしていると色々と非難もされる。
左とか右とかのレッテル貼りはもうたくさんだ。
私も常に行動していたい。