創業10年-③

  • 2017年09月16日

 

お陰様で行方不明になっていた荷物が戻りました。

着替えがなく、ケーブル類もない状態だったのが解消されました。

無ければ無いでなんとかなるものですが。

残念ながら携帯電話が突如壊れてしまいました。

一難去ってまた一難。

ものならば買い直せばいいだけです。体の不調よりは余程マシです。
さて、今日はその3を書きたいと思います。

 

付き合わない人を決めよ。

起業したら毎日多くの方にお会いすることになります。

その中から付き合う人を選ぶという作業は大変です。

私は、「付き合わない人」のみを決めることにしています。

付き合わない人を選ぶ尺度はとても簡単です。

文句垂れと嘘つきです。

 

いつも文句ばかり言っている人がいます。

組織の文句、人の悪口、できない理由あれこれ。云々ばかり。

挙句に威張ってきます。

幼稚な思考の人は、組織に悪影響を与えますし、何ら創造していません。

負のオーラを纏う幼稚な人とは付き合わない方が身のためです。
嘘つきは論外です。

たくさんの出会いがある中で、そんな人と付き合うのは無駄というものです。
その他の尺度は設けていません。

誰からも学ぶことはあるし、広く接していれば良いと考えています。

自分との相性や、損得だけで付き合う人を決めるようなやり方よりも、余程気が楽です。

 

設立10年

  • 2017年09月14日

本日無事にカーボンフリーコンサルティング株式会社設立10周年を迎えることができました。

皆様にご支援いただいた賜物です。

心よりお礼申し上げます。

一人で起業した時には、色々と試行錯誤を繰り返していたことを覚えています。

未知の領域に踏み込んでいくことに大いにワクワクしていました。

その気持ちは10年経った今も全然衰えることがありません。

むしろ、具体的にやらなくてはならないことがはっきりと目に見えているので、

課題を一つ一つ乗り越えていくことに注力しています。

 

起業した時には、全く空振り続きで、仕事の電話一つ入りませんでした。

しかもその状態は数ヶ月続きました。

今はご支援いただき、2年ほど先の仕事までいただいている状態です。

 

仲間も増えました。一緒にカーボンフリーコンサルティングを動かしてくれている貴重な仲間です。

彼らの努力に感謝するととともに、その能力の素晴らしさにいつも感嘆しています。

 

今日はサンパウロで、お客様にお祝いをしていただきました。

同じ釜の飯を食った仲間と酌み交わす酒。

沁みました。

 

これからやることははっきりと見えています。

引き続きのご愛顧のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

 

10年前に起業し、すぐに内蒙古に植えた苗木が立派に育ちました。

森になりました。

10年という月日で生み出したことは少なくなかったと感じています。

 

 

 

 

環境都市クリチバ

  • 2017年09月13日

パラナ州には15万人の日系人がいる。

日系人が多いと言われるペルーは10万人だからブラジルは巨大だ。

今日は晩餐会がある。

さすがにラフなシャツにスニーカーではいけない。

荷物が見つかったがサンパウロの空港にある。

夜に間に合うか?

南下 ブラジルへ

  • 2017年09月12日

ブラジルへ向かう方法としては、ヨーロッパ経由、中東経由、アメリカ経由がある。

まあ奥の手を使えば他もあるが。

今回はカナダ経由を初めて利用してみた。

それでも日本を出てから35時間移動した。

サンパウロからさらに国内線で移動しなくてはならないからだ。

体は軋む。

草臥れて到着した飛行場には、荷物が届いていなかった。

まあ、そんな日もある。

 

トロントへ

  • 2017年09月11日

羽田空港を出て、一路トロントへ。

ちょっと涼しい程度の気温。

カナダは久しぶりだ。

 

創業10年-②

  • 2017年09月10日

今からブラジルに向かう。

かなりハードなスケジュールだが、多くの方々と再会できることを楽しみにしている。

 

地球の反対側。

150万人もの日系人が暮らす国。

私たちよりも綺麗な日本語を話す方々がいる。

途方もない苦労の末に、豊かな生活を手に入れた方々がいる。

そういう人々は、苦労話をしないものだ。

地獄のような日々を経験した人は皆そうだ。

簡単に口を開かないし、自分でも思い出したくもないのだ。

史実に紛れ、日本では殆ど知られていないことが多い。

戦後移民計画、アマゾン牢人。その数4万人以上。

高度成長期に日本に居たものと、移民により人生を切り拓こうとした人々は、

その後あまりにも大局的な人生になった。

ブラジルでお会いする方の中には、そのような方々も多い。

優しく、そして強い。どこまでも強い方々である。

多くを学ばせていただいている。

 

然るべき人にもお会いするので、ジャケットとタイは必需である。

これらは専用に区分けして運ぶ。Tシャツなどは丸めて一つの袋に並べて入れる。

こうすればシワになりにくい。

 

パクリ屋への対応

さて今日は、パクリ屋のことを話そう。

起業すると付いて回る真似っこのことである。

自分が生みの親なのに、そっくりなことを後から初めて掻っ攫う輩のことである。

私も創業後数年間は悩んだこともあった。

まず、製造業であれば法的に守ることは可能なことがある。

特許申請などは早々に行うべきである。

しかしソフトになると、日本においては全く守りようがない。

ビジネスモデル特許なるものは確かにあるが、申請が通る可能性は低いのが現実である。

よほどの技術が無ければならない。

ソフトというよりも、結局はハード寄りの制度なのだ。

ならば商標はどうか?

ないよりはマシであろう。いや確かにあったほうが良い。

しかし、商標で守れるものは何だろうか?

名称やロゴマークぐらいだろうか?

それでも業種によっては大変重要な時もあるだろう。

しかし重要でもない業種もたくさんある。

ビジネスモデルを真似されることを防ぐことは不可能かもしれない。

そして、あなたを真似る輩は、TTP戦略を取ってくると考えたほうが良い。

「徹底的にパクる」戦略のことだ。

そして、あなたよりも広報が上手である。ネットワークも多い。

あっという間に持って行かれる。

 

起業した時には、こんなことは知る由もなかった。

自分のオリジナルのアイデアが、明らかなパクリによっていくつも持って行かれた。

酷い輩になると、親しげに近づいてきて「一緒にやりましょう」なんて顔していたのに、

ある日連絡が途絶えたと思ったら、自分でそのビジネスを始めていたりした。

弊社の顧客を眼の前で奪われたこともあった。

 

しかし10年も経つと、そう言った輩はほぼ消え去った。

何故だろうか?何が効果的だったのか?

ちょっと振り返って考えてみた。

 

①真似られることを予め想定してビジネスモデルを構築すること。

簡単に真似ができる程度の事業ならば、所詮その程度のレベルなのである。

いざ真似されたというときでも、2の手、3の手を予め用意しておくべきである。

振り切れるまでの用意をしておけば、良い。

 

②真似っこも含めて業界の底上げを行うこと。

そこに市場があるということかもしれない。1社でやるよりも数社でやったほうが新たな業界を作ることができるかもしれないと考えてみるのも良いと思う。

 

③真似るということは、本物ではないということ。人は本物を好む。

人はよく見ている。所詮真似っこは真似っこだ。本物ではない。自分が本物を作り続ければ、人々はあなたを選ぶはずだ。

 

④ブランディングは学ぶこと。

人々に届かなければそれまでである。どんなに優れていてもそれだけでは届かない。

だから、広報、広告戦略も含めてブランディングは勉強しておいたほうが良い。

 

⑤弁護士とは密に連絡を取ること。

実は法的措置をとれることもあるかもしれない。

お抱えの弁護士はいたほうが良い。

前回書いたモンスター公務員のような相手であっても、

この時代では「下請法」があり「パワハラやモラハラ」に該当していることが多々ある。

法的に違反しているのが相手であるならば、戦えばよし。

 

⑥黙って待つ

実際のビジネスは、「法ではなく倫理」の問題であることが多い。

TTPがいけないのか?倫理的には問題がある行為だろう。

しかし、商売というのは金を稼げなくては成り立たない。

相手も法を犯していない限りとことん突っ込んでくるだろう。

何もいけないことではないではないか。

もちろん、相手の社員はかわいそうである。

そんな会社では働きたくないだろう。

オリジナルなことができずに真似をしろと言われる社風には、うんざりすることだろう。

だから数年経てば居なくなるのだ。

 

 

これらのことはビジネス本には書いていない。

10年生き残る会社は3%程しかない。

生き残るための活動は、実践的でなくてはならない。

起業して苦労した人ならば上記のことは経験しているし、当たり前だと思うことだろう。

 

 

 

創業10年-①

  • 2017年09月09日

創業10年。

振り返ればあっという間だった。

いろいろなことを考えて、同じ日に二つの事業を始めた。

いずれの事業も軌道に乗った。

順風で来たかといえば決してそんな旅路ではなかった。

辛いこともあったし、素晴らしいこともあった。

10年間ブログを書いてきた。

愚痴をこぼすこともなければ、人様の悪口を言ったりもしなかった。

多くの素晴らしい方との出会いがあった。

いいプロジェクトを何件も実施してきた。

起業してよかった。

起業しなければ決して出会えなかった人々にも会えた。決して行かなかった土地を駆け巡った。

自分の弱さを痛感し、そして強い意志さえ持てば、大きな事業も実施できてしまうことを知った。

欠けていたピースを少しずつ埋めていくことができた。

貴重な10年だった。

 

これから何回かに分けて、いろいろ書かせていただこうと思う。

今後起業する人や、起業したてで苦労している人へ、私の経験を語る事で、

何らかの一助になれば良いなと考えている。

新聞や雑誌に連載をもたせていただいたり、講演会をさせていただいている。

しかしそれらで語ることはするつもりはない。

役に立たなかったらどうぞ読み飛ばしてほしい。

 

「人によって態度を変えないこと」の大切さ

常に等身大でいようとしてきたし、人によって態度を変えることをしたことはなかった。

10年事業をやれば色々なものを目にする。

強いストレスを感じたこともあった。

我が身を振り返ってみて、何をストレスと感じたかといえば、対人であった。

私は人によって態度を変えないが、逆に言うと態度を変える奴が大嫌いなのだ。

我が社は小さい。

小さいからといって、小馬鹿にされたことが何度かあった。

小馬鹿にするのは、役人か大企業の社員であった。

私は尊敬している官僚も多いし、出会った大企業の方々の多くは仕事ができる以前に人格者が多かった。

勘違いしていただきたくないのだが、役人の多くを尊敬している。

日本そして地域のために粉骨砕身働いている方々だ。

頭のキレも行動力も申し分ない尊敬できる方々である。

それでも極わずかだが、モンスター役人やモンスター社員に出会ったことがある。

そういう人たちとは、名刺交換した程度しかない。

ましてや食事など一度もしたこともない。

実はとても浅い交流しかない人たちだ。会っても数回しかない。

お互いのことは何も知らない。

そういう人たちにモンスター化する人がいる。

何度かであった。

一緒にプロジェクトを実施し、飲み食いを共にした人に一人もそんな人はいなかった。

要するに、そう言ったことができる人ではないのだ。

自信がないから、「自分は偉いんだ」と思い込もうとしている。

偉いというのは、仕事を発注する立場ということのみが拠り所である。

そんな経験をした人は、私だけではないはずだ。

少なからずそんな経験は皆持っていると思う。

「自分が発注者だ」「自分は大きな組織の人間だ」という事を傘に見下し、威張るのである。

私はこのような輩にも自分の態度を変えることはしない。

長年働いてきたから、多くの大臣や大臣経験者、知事、市長などの行政のトップ、外郭団体の理事、

大企業の社長にも知り合いが多い。

誰に頼るでもなく、自分で築いてきた人脈である。

少なくとも、知り合いを二人介すれば、日本のどの団体のトップにも必ず繋がることができる。

それだけの人脈は築いてきた。

だから、相手には穏やかに伝えるようにしている。

「あなたのやり方は納得できません。一度あなたの上司を交えて話しましょう」とはっきり伝える。

私が言う上司とは、話している相手の組織のトップである。

こちらに非があるのであれば間違えは正す。

しかし、勘違いしている輩には、このように対応することにしている。

私は本当にやってしまう。口だけで済まさない。

組織の代表は少なくとも双方の話を聞いて判断するし、私がここまでやるからには、

相手のやり方に落ち度があるとき以外ないのである。

所詮そんなことをやるのは下端しかいない。

そしてそういう輩には、同じ組織内でも反感を持っている人が沢山いるものである。

大きな組織であればこそ、まともな人ばかりであるからだ。

 

どんな役職だろうが、トップの器ではないのだ。 このやり方が正しいかどうかはわからない。

しかし、世の中には常識を超えた人々が少ないが必ずいるのである。

対処するには、無視するか向き合うか、そのビジネスを辞めるしかない。

私は向き合うし、一歩も引くつもりもない。

それで仕事が減ればそれまでである。

しかし、正当な理由なく仕事が減るならば、相手と戦うまでである。

大きな組織の人は立場があり、素性が知れている以上、実は脆い。

背水の陣で向かえば負けることはないのである。

強い人は、そもそも組織を傘になどしないし、威張ってはいない。

多くの人が、モンスター相手にだんまりを決め込むのだろう。

それが正しいのかもしれないが、私は善としない。

金を稼ぐ方法など幾らでもある。自分にはそれができる。

寧ろ、そんな輩を放っておくことは、次の犠牲者を生むだけだと考えている。

人によって態度を変えないということは、強い意志が必要だし、「常に謙虚でいる」ということである。

相手が老人だろうが、子供だろうが、大統領だろうが、同じ態度で接する。

ヤクルトのお姉さんだろうが、警備員だろうが、総理大臣だろうが同じ人間だろう。

人格者たれなどと高尚なことを言うつもりはない。

「態度を変えるなよ。格好悪いぜ」と言いたいだけだ。