どんなに疲れていても朝になれば復活し、早く仕事をやりたい気分になる。
ずっとそうだった。
しかし、どうも様子がおかしい。朝も体がだるいのだ。体がだるいと気分も晴れない。
我ながらどうしたものかと思ったら、なんのことはない「夏バテ」だったようだ。自分は夏男だと思っているし、今まで夏バテの経験が殆どなかったから、病気なのかと思ってしまったぐらいである。
コーカサス地方から帰ってきて、すぐに冬の南米に行って、猛暑の日本に帰ってきた。もちろん週末にも働いてきた。
そんな気候と時差にちょっとばかし心身の疲れが溜まったのかもしれない。
山のような仕事。休んだらさらに積もる。
しかし、休むときは短時間でもきっちりと休んだほうが良いのだろう。
可能ならば週末少しばかり本でも読んでゆっくりしてみよう。
きっとそのほうが効率も上がるのだろう。

南米に行くときには、欧州か米国にトランジットしてから同じぐらいの時間を飛んで漸く辿り着く。
アフリカも似たようなものだ。
それに比べるとアジアの大都市に向かうときはものすごく近く感じる。
あっという間である。
新幹線に乗っているのとさほど変わらない感覚になってしまうこともある。
通常は週末に移動するか、深夜便で移動する。
そうすることによって平日をフルに稼働することができるからだ。
今回はフライトの関係で平日の夕方発での移動となった。
なんとなく座りが悪いから、機内でも仕事をしている。
普段できない作業も数時間あればやれることもある。
意外に捗るものだ。

原爆投下から70年。
民間人への無差別攻撃。
10万人以上の命が失われた。
その前の東京大空襲。
その後の長崎への原爆投下。
唯一の戦争被爆国であり、そして原発による被曝した国である。
平和構築は難しい。そして現在でも日本を取り巻く環境は決して平和ではない。
この日本における平和を維持するためには、防衛がどうしても必要だ。
理想の世界は、取り巻く環境も含めて皆が平和で暮らせる世界だろう。
しかし、現実は異なるのだから、維持するためには守らなくてはならない。
戦争では、原水爆ではなく銃や爆弾で多くの人が亡くなっている。
民族紛争では、もっと原始的な刀などで大量の人が亡くなっている。
武器の種類を変えたところで戦争は結局のところなくならない。
それでも原水爆廃絶。これは進めていくべきだろう。
70年経ち、風化してきてしまったものが多い。
被爆者が高齢化してきている現在において、後世に語り継がなくてはならないことは多いだろう。
平和への祈り。その想いの伝播。必要なのだろう。
帰国
赤道付近の国よりも暑いのではないか?
早速Y-PORTセンターの全体会議に出席
それにしても横浜市の職員の方々は優秀であり熱心である。
だからこそ他の地方自治体に先駆けてここまでY-PORTは発展しているのだろう。
この町は特別だ。今も昔も。そして進歩している。
足りないことはたくさんあるだろう。
当社の含めて補っていけば良い。
まずは、一歩を踏み出した。そして将来の明確なビジョンを共有した。
あとはどこまで貢献できるか?
ちょっと腕の見せ所。
さて明日から再び赤道直下に移動。
旅は続く

リマからダラスに向かう飛行機の中である。
深夜便 約8時間のフライトである。
飛行機材はものすごく古く、テレビもなければ音楽も聞けない。
今時こんなのよく飛んでいるなという程古い。
アジアを移動するときに使うLLCや、アメリカのエアラインの時に出くわす。
こういう仕事なので、移動が多い。そしてエコノミークラスでの移動である。
年齢的にも、地球半周を繰り返しているのは中々厳しい。
それでも何年も続けている。
改善しなくてはならない課題でもある。
出張でワクワクするのは初めのうちである。
その後、慣れてくると人によっては好奇心が薄れてくる。
私は目新しいものはなくなっても、人との関わりや文化といったことに興味があるので飽きるということはない。
此れには個人差があるのだと思う。
好奇心を維持できるかどうかも仕事の適性の一つであると思う。
