江戸っ子ならば隅田川なのでしょうか?
私は豊島園の花火が夏の土曜日毎に開かれていたことが思い出です。
父親のバイクに乗せられて、豊島園の花火を真下で観たことが何度もありました。今にして思えば、小さな花火大会だったのでしょう。
それでも間近で観る花火は大迫力でした。
幼少期に観る花火は感動的でした。
大人になってからは、NYのイーストリバーで観た花火大会も素晴らしかったです。アヴィニョンで観た花火大会も素晴らしかったです。葉山の海岸で見た花火も美しかった。尾道で見た花火も雅でした。
優劣なんてないですね。
花火を観られることだけでも幸せですね。

山もいいけど海もいい。
特に海が好きです。
何年か葉山に住んで、自分で起業するときには海が見えるオフィスにしようと漠然と考えていました。
横浜の海はBEACHではないし、泳いだりするのは厳しいのだけど、
それでも海を見ながら仕事ができるのは良い環境だと日々感じています。
数日前に横浜の花火大会がありました。
1934年に建てられた由緒ある弊社のビルの屋上を開放しての花火見物です。
とは言っても、少し見ただけでしたが清涼感をいただきました。

このブログを読んでくださっている方々にお礼申し上げます。
備忘録なのだか、何を言っているのだかもわからないような駄文にお付き合いいただいて嬉しいです。
お会いする方から、「読んでいるよ」とお声かけをいただくこともあり、壁打ちテニスの独り言ではないのだなと感じております。
8年も書いたので、我ながらよくも書くことがあるなと思います。
色々なところに行き、色々なことに出会うから、色々なことをお伝えしたい。
これからもお付き合いください。

小さな会社だが、社長として何年も経営をさせていただいてきた。
なんのコネもなかったし、知識もなかった。
だから回り道しながら、一生懸命勉強して、プロとしてお金をいただける仕事を作ってきた。
自ら課した難しいビジネスモデルを実践するためであった。
金儲けするならば、全く違ったビジネスモデルで事業を行った。
社会的意義のない仕事はないのだろう。しかしその意義が大きいものでなければ、事業化する気持ちになれなかった。
一歩踏み出すための意義が私には必要だった。
我が国は技術大国であり、その礎を作ってきた技術者とメンタリティーは一緒なのだと思う。
私は技術者ではない。それでも自分にしかできないこともあると信じている。
さて、第2創業期と宣言してから日が経ってきた。
日々の瑣末な仕事に追われながら、惰眠を貪っていてはならないと思う。
ベンチャー企業であるならば、安穏としていては先を読むどころか置いてきぼりになってしまう。
たくさんのことが頭の中を駆け巡る。
勝負することが、貢献することでもあり、身を守ることにも繋がるのだと思う。
