PISCO

  • 2014年08月21日

芋だって、トウモロコシだって、唐辛子だって全てペルーが原産です。

今でも数多くの世界にはあまり知られていない、食材などがあります。

食は職を産みます。

気候変動に伴うサイレント津波を防ぐ為にもこれからも積極的に食に関するプロジェクトを進めていきたいと思います。

 

ペルーでの食べ物で代表的なものはセビーチェでしょう。

鮮度とお酢の善し悪しがすぐに反映されるので、美味しい不味いがはっきりします。

ペルーに最初に来た時には、外れが多くて嫌いになりかけました。

しかし美味しいセビーチェは格別でした。

あとはピスコサワーでしょうか。

ピスコ港から出荷されたからピスコという名前で定着されたようです。

チリやアルゼンチンにワインは譲って、ペルーはピスコに専念しているんだなんて、話しを聞いたことがあります。

グラッパと違い、葡萄の皮ではなく実を使っているそうです。

郊外に行くと、一面の葡萄畑が広がっています。

ワインをつくるのではなくてピスコを作る為です。

ピスコサワーでなくても、ストレートでも美味しいですし、オンザロックも格別です。種類によって味も違います。

きついお酒ですから程々にしないとならないですね。

 

bread

  • 2014年08月20日

リマの郊外で大変美味しいパンに出会いました。

薪釜で焼き上げたばかりのパンです。

中には黒オリーブの実が沢山。

その他には大きなチーズが入ったパンもあります。

 

並んで購入しました。一つ数十円です。

温かいうちに頂きました。

このパンの美味さたるや格別でした。

 

何故なのでしょうか?

極めてシンプルな材料しか使っていません。

やはり、薪釜を使っている事、焼きたてである事が大きいのだと思います。

そして、良い材料を使っている事なのでしょう。

しかしそれだけでよくもここまで美味しくできるものです。

 

 

the other side of the world

  • 2014年08月19日

地球の裏側のある都市の裏道にある建物の管理人しか入らないような裏

イメージとしてはそんな場所を数多く訪問しています。

だから日本人がそんな場所に来る事は今まではありません。

環境の現場はそんな場所から改善しなくてはならないと思っています。

そして、環境を変える事は我が国の優れた技術を活用することができます。

Think globally, act globally.

 

日本の技術を世界に広めましょう。

やれる事はたくさんあります。

余命から逆算すると、とても時間が足りません。

身体が幾つも欲しいです。

 

 

Yamaguchi

  • 2014年08月18日

ペルーへの移民の方々のご出身は、沖縄、山口県が多いです。

通りすがりの救急車の後ろには山口県人会が寄付したとのステッカーが貼られていました。

ちょっと心が温まりました。日本は暑いでしょうが真冬のペルーでは程よい温かさです。

 

地球の裏側で、日本語を話す人々がいて、

地球の裏側で、必死に生きてきた人々がいます。

 

never forget

  • 2014年08月17日

先程、お世話になった日系人の方へ、今回のチーム一同から花束を贈りました。

ちなみに凶弾に倒れた方です。現在では70歳を越えた今でもテニスを楽しむ程に全く普通にご生活されています。

大変な強行軍だったのでお疲れの事でしょう。ありがとうございました。

 

その方から深夜にお礼のメールが入りました。

 

Komban uketorimashita akai bara no hanawa watakusi no inochi ga nemuru made watakushi no kokoro ni kanarazu nokorimasu.

It is the first time in my life that I receive so beautiful present…I will never forget it..

Arigatoo gozaimasu

 

The Peruvian earth

  • 2014年08月16日

海がある、砂漠がある、山がある、アマゾンがある。

そして文化がある。

中南米の中でもペルーが面白いと思うのは、4000メートル級のアンデスの山々と、その奥に広がるアマゾンといった大自然なのかもしれません。

インカ帝国の歴史も興味深いし、10万人を越える日系人の文化かもしれません。

日系人の方々に大変ご協力を頂いています。

結びつきの強さと逞しさ、その言動の美しさに、我々日本人が既に失われた大切なものを思い起こされます。

在ペルー日本大使公邸占拠事件

  • 2014年08月15日

在ペルー日本大使公邸占拠事件からもう18年になります。

人質になられた方々と事件について話す機会がありました。

というより、今までよく話している方々が、実は人質になっていたとは知りませんでした。

お一人は凶弾に倒れましたが、半年で復帰されました。

 

その時に人質になられた方々は今も毎年集まられているそうです。

特殊な状況下でどのように堪え忍んだかのお話はある面人間の本質について知ることができました。

と或る新聞社のせいで人質全員の命を危険に晒したりもしました。

ドラマが色々とあったようです。

 

しかしながら、その後多くの方が癌でお亡くなりになっているそうです。

猛烈なストレスと癌の因果関係はあるのではないでしょうか?

お話を伺った方も病魔と闘われていました。

 

そんなに昔の話しではありません。

もうこのような事件は起きて欲しくないですね。