衆議院選ですね。
出発前に期日前投票は済ませてきました。
盛り上がってはいませんが、民意を再確認することはできますね。
事業仕分けならぬ、議員の仕分けなのでしょう。
野党の党首には今回も対抗馬が出されています。
彼らはこぞって比例では第一順位を保証されているようです。
無所属の議員には厳しい戦いです。
復活がある候補と戦って勝たなければバッチを外さなくてはならない状況です。
頑張ってほしいものです。
政治家と言うものはバッチをしていなくても政治家です。
しかし当選するのとしないのとは雲泥の差であります。
環境の世界では、京都議定書から平たく言うと離脱してしまい、太陽光発電偏重の政策をとり失敗してしまいました。
尖閣諸島を買上げ、基地問題では沖縄を混乱に陥れ、極度の円高と無策により経済を底まで落としてしまった前政権について、国民はどこまでゆるしているのか?
結局消費税やアベノミクスのことよりも、前政権に対しての再評価にどうしても目がいってしまうのではないでしょうか?
環境の仕事をしているから、環境に強い候補に勝って欲しいと思います。
しかし、人びとは環境だけで生きているわけではない。
当たり前のことです。
今回は国政だから専門家が入っても良いと思います。地方の長がエネルギー問題しか知らなければ方向が間違ってしまいます。
政治は命を預かる程重要な仕事です。
日本みたいに3権分立が曖昧で、行政と立法の登場人物が同じ場合には尚更です。
原発が停止していることで毎日、しかも追加分として100億円が日本から支払われています。
電気料金の値上げは失業率の増加につながり、失業率の増加は自殺者の増加につながります。
簡単に考えないでいただきたいです。人命が掛かっているのですから。
環境のプロだからいわせてもらいますが、再生可能エネルギーの太陽光偏重は避けるべきです。
バイオマスへの比率を多くして天候に左右されず安定的な配電を可能にしなくてはならないと思います。
原発停止が今後も続くならば、エネルギー問題についてどのような対応をするのか?
特に人命を守るために何をするのか?
太陽光だけでは雇用もエネルギーも賄えない。
これが環境の正しい知識です。いい加減な知識で行動してはならないと思います。
若者には選挙に行くことを煽るよりも、むしろ出馬する人をもっと輩出するような流れを作ったほうが良いと思います。直接政治に参加するためには、その媒体になるのではなく当事者になるべきだと思います。
さて地理的には日本とは真逆であるペルーは初夏を迎えています。
しかしエアコンは必要なレベルではありません。
滞在先はそもそもエアコンがついていません。
それでも快適です。
政府の高官とお会いする機会が多いので、今回はスーツ姿がほとんどです。
明日は現場に行くので久しぶりに作業着です。

ペルーでは精力的に動いています。
朝から夜まで様々なミーティングを行っています。
COP20の会場の一つであるJockey Clubです。
ここでも多くの方々に会うことができました。
懐かしい顔、新しい顔


気候変動への対応は一時的な流行り廃りではなく
継続が大切ですね。
宇宙兄弟
先日ロケット打ち上げの話を書かせていただいた。
今回はヒューストン経由ではなかったが、次は立ち寄りたい。
やはり宇宙は夢である。
そして現在はなくてはならない産業になっている。
熾烈な競争である。
技術者の方々との話は面白い。
というわけで、宇宙兄弟を観た。
原作が人気があるとどうしても実写版は評価が下がるのだが中々どうして良い出来だった。
年内に関係者の集まりがあるという。
顔を出すことを楽しみにしている。

ペルー料理
はっきり言ってセビーチェである。
酢漬けである。
これが口に合わないと辛いだろう。
しかし何度もくると、セビーチェにもうまい上手くないはあることがわかる。
うまいセビーチェは堪らなくうまい。
まずいセビーチェはよろしくない。
お腹が痛くなった経験が幾度か有る。
酒はピスコサワーである。
卵白が乗っている。
なにはともあれこの二つである。
勿論それ以外にもあるのであるが、圧倒的なのはその二つであり、田舎に行ったら、食べ物の幅もぐっと狭くなる。
リマでは必ずというか、相当な頻度でトシロー寿司のお世話になる。
ペルーにおける日本人で大変著名なかたである。
大変な努力家であり、博学でもある。
強面だが優しい。
実は隠れて好きなのはうにである。
日本にいる時にはあまり食べない。
産地に行った時などにしかあまりたべない。
寿司ネタとしてはあまり良いものに出会わないからでもある。
ペルーのウニは上手いと思う。
ウニが沢山入ったパスタなどは好物である。

遠いといえば遠い。
ペルーは地球の裏側である。
最短でも20時間は掛かる。
いい歳して移動はエコノミーである。
いや、年齢や役職などからビジネスクラスに搭乗する権利はあるのだが、
乗ろうとは思わない。
仕事柄である。
帯同する役所の方や国連の方がエコノミーで移動することが多いのに自分が上のクラスというのもバツが悪い。
とはいっても、たまに顧客が手配してくださった搭乗券がビジネスであったりするとちょっと嬉しかったりする。
それは、すべて移動距離が長いからだと思う。
30時間程度のフライトは堪える。
たまに到着してから何時間も悪路を揺られながら進まなくてはならないこともある。
こうなってくると身体が資本である。
若いうちはよい。
しかし何年も何年も続けられるかどうか?
これは中々大変なことである。
最初は楽しい、働いている自分に酔っているなどなど、幾つかの理由で乗り越えられるのであるが、普通の神経をしていればいい加減嫌になってくるであろう。
向き不向きと言うのがある。
この仕事に向いているのは、好奇心が旺盛だということも大切な要素であると思う。
さて、旅を続けるとしよう。

アメリカ大陸を南下していく。
メキシコを超えて現在は中米の上空だ。
メキシコでも仕事をしたい、パナマでも仕事したい、
カリブ諸島で仕事したい。
もう少しそれぞれが具体化したら数年以内に実施できるだろう
もう少ししたらペルー上空だ
仲間達が待ってる
鬼が笑うだろうが来年の予定をちょいと考えてみる。
ペルーのプロジェクトは これからが本番だから当然継続である。
その他の国の案件の進捗具合を精査してみる。
進めていきたい国のプロジェクト、継続するプロジェクト、
力をもっと注がないとならないプロジェクト。
個人的には知見に乏しい地域である。スタッフの力を借りて進めたい。
新しい仲間が加わる。
即戦力である。
もはや現体制では限界まで達している。
次の一手を打つ意味でも優秀な人材を獲得することが必要であった。
第2創業期は、過去を踏襲しつつも軸足の比重を変化させることにある。
やみくもに多分野に手を出すのではなく、軸を見直し少し広げることにある。
それは むしろ望ましいあるべき姿なのだと思う。

アメリカの話になったので
ちょっとだけアメリカの会社で働いた時のことを思い出してみたい。
学生気分が抜けない入社直後
というか入社日にいきなり出向させられたり、
ケイマン島のSPCの社長を何個かやらされたりした。
社内は世界中と回線で結ばれており今で言うメールが配備されていた。
テクノロジーがとにかく進んでいた。
圧倒的なスピードの速さである。
同期入社は1年で6割以上が去っていった。
しかし私には仕事が面白くてしょうがなかった。
知的好奇心が満たされる実践の場である
物凄い勉強もしなくてはならなかった。
土曜日日曜日などあったものではない。
初年度は休みゼロで元旦から働いた。
ついていかなくては生き残れなかった。
そういう仕事であったし、そういう時代だったのだと思う
そこに何の為に働くのかという根本的な答えは 考えないようにしていた。
考えることを避けていた。
楽しかったし、サラリーマンの何倍も稼いでいるのだからそれで良いのだと思っていた。
人生の浪費を随分としてしまい、回り道をしてしまった。
後悔はしていない。
いや、戻りたいと考えたことは一度もないが、
何故もっと早く起業しなかったのだろうかという事はある。
投資銀行時代のことは、正直どこまで自分の役に立っているのかわからない。
ゼロではないし100ではない。
ちょっと自分にとっては、長すぎただけなのだと思う。
しかし、気がついただけマシと考えることにしている。
人それぞれだろう。
このブログでもあまり投資銀行時代のことは書いていない。
折を見て書いてみたいと思う。
