一日一冊ペースで本を読む。
既にこのペースで7年続いています。
コンサルタントとして知識を蓄えてアップデートする必要があります。

例えば先週の本の中から特徴的なものを幾つか。
環境関連の本だと、「自画自賛」的なもの、ライターが自分の都合の良いストーリーに載る出来事だけを記載しているものなどが実に多い。
客観的事実を示すことの大切さを貫いた上で、持論の展開をするならば読む価値はあると思います。それでもそれを受け入れることができるかは読み手次第ですが。
レスターRブラウン氏の本は再読ですが、読んでよかったと思える内容でした。
新わかめがおいしい時期ですね。
湘南では今がシーズンです。
これをしゃぶしゃぶにしてポン酢でいただくのが好きです。
なんて言っているのに、今から昼食です。@午後3時
どこか花粉とPM2.5が所に行きたい。
2012年に大気汚染でなくなった方は700万人
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA2O02420140325
大気汚染の影響が最も深刻なのは、東南アジアと西太平洋地域の低・中所得国で、2012年には屋内空気汚染で330万人、屋外大気汚染で260万人が命を落としたという。(WHO調べ)
ここまでくるともっと規制を強めてもらわないとならないですね。
さて、花粉の無い青い空へそろそろいきますか。
土埃りは舞っていますが。

3連休はぜーぜーいいながら働いています。
数年前に上海に行ってから煩ってしまっているアレルギーが悪化しています。
発熱ですが、許容範囲なので業務続行です。
3月末です。
毎年こんな状態です。
PM2.5どころではなく最近はPM0.5まで俟っているようです。
花粉症の時期と重なり厳しい時期です。
4月は現場に出ます。その方が体調が改善しそうです。
少しだけ海に素足をつけました。
この季節の海水温は身が引き締まる程の冷たさです。
いえ。これも仕事でした。はい。

珍しくスタッフの殆どがオフィスに缶詰になっています。
年度末ですからね。
政府機関の調査案件を抱えている担当者は最後の山場です。
毎年の光景です。
私も出張前になんとか仕上げてしまうように頑張っています。
忙しい事は、仕事が無くて暇よりも余程よいものです。
しかし、ふと遠くに行きたくなってしまうものです。
Into the Wild
唐突ですが、いい作品だと思います。
映画ではGuaranteedという曲が遣われています。
http://kotani-kenji.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_b2eb.html
駅に行くと「人身事故」のアナウンス
もが少しずつ人生に囚われている」
仕事で出会う人にも、相当精神的にバランスが壊れているなと感じる方も多いです
あなたはどうしてそんな風になってしまったのだろう?
そんなにストレス抱えてまで働くよりも、もっと自分にあう仕事をすればよいのに
何故できないか?それは色々な理由があるのでしょう。
抱えている事も多いのでしょう。
人それぞれです。
「誰もが少しずつ人生に囚われている」
しかしその檻に入ったのも自分
何故その檻から出ないのだろう
walk on the REAL wild side
自分には正直に生きたいものです。
クイーンエリザベス号が来航しています。
大きいですね。
事務所の窓から全容が眺められます。
無性に旅に出たくなります。
船旅。
何度か講演で乗せていただきましたがとてもいい思い出です。
今は時間が少しでも惜しい状態ですので、船には乗れませんが。
黄熱病の予防接種完了です。
ちょっとデスクワークが多すぎました。
嫌いではないですし、大切な仕事ですが、自分はフィールドに向いていると思っています。
さて次の旅では何に出会えるのだろうか?

コクリコ坂をのぼり、フランス山を通って、もはや港の見えない丘公園になってしまった公園で一休み
人通りの少ないワシン坂辺りを散歩する
そんな時間が好きだ。
港町で起業してもうすぐ8年目になる
毎日多くの外航船を眺めてきた
随分と動いてきたような気がするが世の中を変えていくのは大変な作業だと感じる
土曜日は自分のペースで仕事ができる日
日曜日はのんびりしながら仕事ができる日
休みなんて無かった
それでも熱中できる仕事に出会えてよかった
また一人有能な方が去ってしまった
藤巻幸大さんは猛烈なスピードで人の何倍も生きたのだろう
ご冥福をお祈りします

あれから3年 たった三年 長かった3年
今なお苦しい生活を余儀なくされている方々に、復興をお祈りするとと共に、故人のご冥福をあらためてお祈り致します。
震災の前後のブログを読み返してみました。
http://carbonfree.co.jp/cp-bin/blog/index.php?month=201103&page=2
前日は青森にいました。前日でも激しい予震が続いていました。嫌な予感がしていました。
原発がどうなっているのか情報が錯綜した中での出発は心理的に厳しかった事を覚えています。
翌日の福島原発周辺は警備の人もなく、道路はあちこち陥没していて、通る車は1台もない。
何キロも信号機等動いていない道が続いていたのに、そんな中で原発近辺の一角だけ信号機が動いている無人の状態でした。
あれから3年経って同じ行動をとるかと聞かれたら、答えはYESです。
親しい人々の安否が確認でき次第、ただちに現地入りします。
人道支援、環境の根っこは命だなどと偉そうな事を言っておきながら、
すぐ近くに倒れている人がいて助けに行かないのは自己否定です。
行く事が偉いとかそんな事ではありません。そういう生き方を選んだだけです。
大量の物資を迅速に運ぶ事ができました。
自ら大型トラックのピストン輸送をかってでてくださった方、全国から物資を集めた方、
海外からコンテナで支援物資を運んだ方。
語るには重すぎた3年でした。
たった3年
これからも微力ながら応援していきたいと思います。