外回り
- 2013年07月10日
暑い日が続いていますが、みなさんご自愛ください。
業界の先輩達を訪問してきました。
自分が欲しいなと感じたものをお土産にするようにしています。
今日はしっとりバウムクーヘン。
メールだけで何かを依頼する人がいます。
電話だけで済ませる人がいます。
会って話すことの大切さが見失われてきているようです。
会うことにより得られる情報は何倍も多い。
表情、語彙、そして本音の話しが聞ける。
猛暑の中で歩き回るのは大変ですが、大切な事だと思います。
暑い日が続いていますが、みなさんご自愛ください。
業界の先輩達を訪問してきました。
自分が欲しいなと感じたものをお土産にするようにしています。
今日はしっとりバウムクーヘン。
メールだけで何かを依頼する人がいます。
電話だけで済ませる人がいます。
会って話すことの大切さが見失われてきているようです。
会うことにより得られる情報は何倍も多い。
表情、語彙、そして本音の話しが聞ける。
猛暑の中で歩き回るのは大変ですが、大切な事だと思います。
横浜も茹だるような暑さです。
シャドウ、サンドバッグ、ミット打ち。
1時間も動き回れば1ℓの汗が出ます。
シャワーを浴びて、表に出れば随分と涼しく感じます。
暑い中で外で運動するのは、熱中症を上手に回避しながらやらないとならないですね。
屋内で身体を動かすのも、こういう日にはアリだと思います。
石巻市雄勝町で開催された海の幸トレイルランニングを応援に行きました。
ささやかながらスポンサーをさせていただいております。
また勿論カーボンオフセットでの実施です。
前夜祭
文字通り海の幸三昧です。所謂立食パーティー料理は苦手です。
ところが出てくる料理の美味しさに驚きました。
雲丹。まだ動いています。
震災復興への小さな一歩です。されど着実な一歩です。
このような震災復興へ向けたイベントは今後も応援していきたいと思います。
関係者の皆様のご尽力に感謝するとともにご成功を心よりお祝い申し上げます。
宮城県石巻市雄勝町に向かいます。震災復興支援のイベントに参加する為です。
石巻市といえば、最近ユネスコから支倉常長の慶長遣欧施設関係資料世界記憶遺産に登録が決定されました。仙台市博物館に展示してあります。
支倉常長の遣欧の目的については色々と誤解があるようです。
支倉常長の使節団が何故メキシコに行ったのか?
何故ローマ法王に接見を求めたのかを見間違えます。
冒険家でもなければ、キリスト教の為でもありません。
震災復興に繋がるスペイン・メキシコ優遇通商の為です。

伊達政宗は「私はある時黒船を造らせて、南蛮国へ渡らせた。これは他国の重宝を求めたのではなく、異国に対する自分の名誉の為に行ったのだ」と述懐しています。
時代背景を考えると目的が明らかだと思います。
1611年慶長の大津波が襲います。東日本大震災と同等規模の大震災だと言われています。伊達政宗はメキシコと日本の通商を望んでいました。
当時はオランダ、イギリスの勢力が拡大しており、それを阻止しスペインを優遇する戦略を練っていた時期です。
また九州からではなく、東北から直接の通商により復興支援を行いたいと考えていたようです。
いわゆる南蛮貿易ではなく、仙台藩が自ら外国に出向き独自の太平洋貿易を行おうとした事は革新的な発想だと思います。
勿論正宗以外に実行に移した大名はいません。
黒船来航はそれから200年以上も後の1853年です。
これは相当な年月です。1853年から200年後は2053年です。
伊達の黒船は木曽から材料の木材を運ばせました。
これも当時としたら異例の事です。
幕末よりも遥か前の時代。しかし既にキリスト教弾圧が始まっており時代に翻弄された支倉常長。
サン・ファン・バウティスタ号はサン・ファン館(宮城県慶長使節船ミュージアム)にありますが、東日本大震災により現在休館中です。しかし、道路からも公園からも眺める事はできます。
と或る市の委員会に出席しています。

事前に現地入りしていたスタッフと合流しました。
プロジェクトの一つの山場です。
事前に委員への説明を周到に行ない、市長との度重なる打ち合わせの結果無事に終了しました。
私はいざという時にその場での決済ができるように備えていただけですが、滞り無く終了しました。出番が無いのはいいことなのです。それにしてもスタッフの頑張りには驚きました。
開発途上国は想い通りにいかない事ばかりです。
それをきちっと結果まで導きだせる仲間に感謝です。
帰国して次は北に向かいます。
曇り空の東京を抜けて一路南へ。
僅か数時間でフィリピンに到着します。
数ヶ月ぶりにフィールドに立ちます。
これから色々な場所を回って行きます。
今までのプロジェクトもこれからのプロジェクトも。
旧知の方達との邂逅、そしてまだ見ぬ世界を知る喜び。
私はこの仕事が大好きなのです。
とても過酷で時には身体を張らなくてはなりません。
そして猛烈に勉強し、作業をしなくてはなりません。
安易に薦められる仕事ではありません。
しかし達成感や充実感はとても大きいと感じています。
利休が京入りした家康をもてなした時、炊きあがったばかりのまだ蒸らしていないべっとりとした飯を出したそうだ。家康の席入りを見込んで竃に火を入れ今炊きあがったばかりという印を示したそうだ。
先日、著名な料理研究家に旨いご飯の炊き方を伺った。
電子ジャーのコンセントを終了5分前に抜く。
ご飯をかき混ぜてはならない。
真ん中からしゃもじをいれて一掬い。
三日月型の飯をまずは食べる。
所謂懐石料理で言う一文字飯である。
これは利休のもてなしに通じる。
ご飯をよそうのは「装う」と書く。
食べ終わるのに5分程度だろう。
その頃にいい塩梅に蒸らし終わるそうだ。
昔と違って精米技術が進んでいるから、ごしごし米を研ぐのは御法度だそうだ。
上が一番美味しい。これは圧力が少ないのが理由だそうだ。
次は回りが美味しいそうだ。
閑かに食べる。
ちなみに閑とは戒めでも憧れでもなく静かさを手に入れんとする強い決意である。